尾羽氏館
尾羽氏館([西明寺城 周辺城郭])
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尾羽氏館の口コミ情報
2025年12月31日 マグロ常陸介祐平
宇都宮氏の一族とも益子氏の一族ともされる尾羽氏の館と伝わります。平安時代末期から鎌倉時代前期にかけて活躍した、宇都宮氏3代目の宇都宮朝綱が建久3年(1192年)嫡子業綱を亡くし、出家してこの地に「尾羽寺」を建立していることから、尾羽氏の館が存在したのは、平安時代のことと思われます。朝綱が横領により流罪となり、許されるとこの地に亡くなるまで隠棲しています。近くにある綱神社は、配流先の土佐の賀茂神社を勧請したとされています。尾羽寺は現在の地蔵院に繋がるとされています。また、朝綱はこの地を宇都宮家の墓所と定め、初代宗円から大正時代の当主正綱までの墓が並んでいます。墓所の墓守は宇都宮氏の旧臣の黒子氏が複数勤めていたようですが、同族だけということではなく、山田氏・松野氏・田中氏・藤田氏などの旧臣達が一様に黒子に改姓したことによるようです(地蔵院の墓地は黒子姓だらけです)。
尾羽氏の館なのか、朝綱の隠居所としてのものなのか、お寺のものなのかは分かりませんが、地蔵院の北側には3mを超える高さの土塁が見られ、並行する綱神社への参道は空堀のようにも感じられます。お寺の南側にも土塁状の土盛りがあり、背後は山となっており、館としての体裁はなんとか整っています。
宇都宮氏の本拠地からはかなり離れており、独立性の強い重臣益子氏の西明寺城の麓の墓所が水戸藩士となってからも旧臣に守られながら継続したのは、凄いことだと思います









