傑岑寺

傑岑寺([皆川城  寺社・史跡])

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傑岑寺の口コミ情報

2026年03月15日 昌幸近江守按甲休兵


傑岑寺(けっしんじ)は天文23年(1554年) 皆川山城守俊宗が壕外に西接する谷津山に創立し、翌年弘治2年(1555年)に大中寺(※皆川城のリア攻めマップに登録済)六世快叟良慶禅師の弟天嶺呑補和尚を招請して開堂しました。
創立の目的は当時武士豪族の間に盛んに行われていた禅を修める為と、元一族であった小山城主小山下野守高朝の孫政種の菩提を弔う為でした。

創立約30年後の天正14年(1586年)寺を現在の地森山に移転しました。時の住職は四世建室宗寅和尚で、和尚はなんと駿河の今川義元の弟であり、今川家滅亡により出家し大中寺で修行の上傑岑寺に住職中、徳川家康に見出されました。家康は皆川山城守広照と相談して自ら外護者となり寺の移転再興を成就して祈願寺としました。

また天正年間(1573〜1592年)、後北条氏に幾度も襲来を受けましたが、見事にそれを退けました。傑岑寺は皆川城の南の出城としての機能も持ち合わせていたようです。戦後皆川広照は双方の戦死者千余人の霊を弔うため、塚を築き施食料として寄進し弔霊を委ね託しました。

傑岑寺は皆川氏が創立しましたが、在任した和尚の縁で徳川氏にも手厚く保護された寺で、それらを示す文書が残っているそうです。

【写真の説明】
①参道入口。石碑には“傑岑禅寺”と刻まれている
②参道
③山門
④⑤本堂
⑥古い時代のお地蔵様
⑦ 傑岑寺から皆川城を望む

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