大宮城
大宮城([栃木城 周辺城郭])
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大宮城の口コミ情報
2024年06月20日 マグロ常陸介祐平
大宮神社(写真5枚目)周辺が城址となります。最初に大宮小太郎が築城(御城・北城)、その後、小山氏が北側に支城を築いたとされているようです。隣接する如意輪寺(写真7枚目)には、小山氏の祈願所として建立されたとの伝承があることから、小山氏の関連とするのが自然なような気がします。気になるところでは、立地的には壬生城に約6㎞と近く(祇園城まで約10km、皆川城まで約7km)、大宮神社の氏子で近隣の光永寺を菩提寺とする赤間氏が壬生氏の家臣の赤間小四郎(五貫)の一族だとすると、壬生氏関連の城の可能性もあるように思われます。
また、「北城」の屋号を持つ松本氏は、松本の文字が刻まれた天文6年の五輪塔が土塁上に存在していたようで、城との関連が考えられているようです。
廃城の経緯なども不明ですが、江戸時代になると江戸城で刺殺された大老堀田正俊の次男正虎が、1684年に2万石を分知されてこの地に大宮藩が立藩、陣屋が置かれています。1694年に兄の死により福島藩を継いだことで大宮藩は廃藩となっています。陣屋の置かれた期間は僅か10年でした。
遺構として、神社の南東側に数年前までハッキリとした土塁や堀が残っていたようですが、残念ながら消滅していました。現在残る遺構としては、陣屋跡付近の鳥居のある土塁の痕跡(櫓台?写真3枚目)、神社を囲むように流れる用水路(写真1,4枚目)、神社東側の窪み(写真2枚目)、神社から東に150mに位置する普賢院裏の土塁のような土盛り(写真8枚目)が見られます。