名称(よみ) | 松ヶ島城(まつがしまじょう) |
通称・別名 | 細頚城、細首城 |
所在地 | 三重県松阪市松ヶ島町城の腰 |
天気情報 |
04/03(木) 降水確率:40% |
地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
問い合わせ | 松阪市教育委員会事務局[電話] |
分類・構造 | 平城 |
築城主 | 織田信雄 |
築城年 | 天正8年(1580) |
主な城主 | 織田氏、津川氏、滝川氏、蒲生氏 |
廃城年 |
天正16年(1588) |
遺構 | 天守台 |
指定文化財 | 県史跡(松ヶ島城跡) |
再建建造物 | 石碑、説明板 |
本解説文(基本情報を除く)は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「松ヶ島城」を素材として二次利用しています。
松ヶ島城(まつがしまじょう)は、三重県松阪市にあった日本の城(平城)。1580年(天正8年)に付近の田丸城が焼失したため、織田信雄が新たに城を築き、松ヶ島城と命名した。県の指定文化財[1]。
概要
伊勢神宮への参宮古道沿いにあって伊勢湾に面し、海陸の要衝にあった。その後、信雄の家臣・津川義冬、滝川雄利が城主となり、最終的には豊臣秀吉の部下・蒲生氏郷が入部した。1588年(天正16年)に松坂城を築いて城下町を移転させるまで、氏郷は飯高郡松ヶ島城を伊勢国南部の統治拠点とした。城下が手狭だったため、同年11月末日付で当城下の町人はすべて松坂城下へ強制的に移住、参宮古道も松坂経由に変更され、松ヶ島城と城下町は廃された。
現在は幅約20m、高さ約2mの台地だけが残り、地中からは瓦片や茶碗片が出土している。後世の松ヶ島村の検地帳には、城之内、城之外、南の丸など城郭に関する地名や市場に基づく地名などが記録されており、往年の城下町がしのばれる。
所在地
三重県松阪市松ヶ島町字城の腰
アクセス
- 近鉄山田線松ヶ崎駅から徒歩15分
2024/12/07 22:10 伊藤中務卿龍一郎
松ヶ島城:駐車場は無いので、近くの通りに路駐しました。通りから城跡へ行く細い道がありますが、幅が凄く狭いので小さい軽自動車でないと通れないと思います。ボディーを擦っても良いなら行けると思いますが、そこまでして行く価値があるかと言えば非常に微妙です。
2024/12/02 17:32 平大宰大弐きじとらねこ
松ヶ島城:かつての繁栄が想像できません。何もないです。でも何故か心に残りました。駐車場は、おそらくありません。付近の運動公園に停めました。
来月度の城主争い戦況
1位 ハル左兵衛督さん 23回
2位 ニッシー伊勢守さん 22回
3位 keiさん 14回
攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
|
ユーザー名タップで詳細表示 | 報告 |