| 名称(よみ) | 岩倉城(いわくらじょう) |
| 所在地 | 愛知県岩倉市下本町城址121 |
| 天気情報 |
05/03(日) 降水確率:60% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 問い合わせ | 岩倉市生涯学習課[電話] |
| 分類・構造 | 平城 |
| 築城主 | 織田敏広 |
| 築城年 | 文明11年(1479)頃 |
| 主な城主 | 岩倉織田氏(織田伊勢守家) |
| 廃城年 |
永禄2年(1559) |
| 遺構 | 堀 |
| 指定文化財 | 市史跡(岩倉城跡) |
| 再建建造物 | 石碑、説明板 |
2026/04/25 08:01 猫耳尾張守メイド萌
石碑『岩倉城』:岩倉城跡岩倉城は文明十一年(1479)頃、織田伊勢守系の兵庫助敏広が築城した。敏広はこの城によって、尾張上四郡(丹羽・葉栗・中島・春日井)を支配し、下四郡(愛知・智多・海東・海西)を支配する、清洲城の織田大和守敏定に対し武威を示し、当時の尾張では清洲城と並んで、もっとも重要な城であった。城跡は東西約91㍍、南北約171㍍、標高10㍍台地上にあって、内外二重堀があったといわれ、城跡の南側には外堀とか丸の内といった地名も残されている。岩倉城は弘治三年(1557)織田伊勢守信安が末森城主織田信行(信長の弟)と同盟を結んでいたということで、信長に攻められ、その後、永禄元年(1558)浮野合戦で、敗れ翌...
2026/04/24 17:48 猫耳尾張守メイド萌
龍潭寺:永正二年(1505)に、織田二郎三郎敏定が先祖津田家の供養のために建立し、心光寺と号した。開山は赤津(瀬戸市)の雲興寺五世永山本光和尚の弟子である、密傳文雪大和尚。天文四年(1535)に、本堂などを焼失。天正十四年(1586)に、岩倉城主織田伊勢守平信安は、父の織田右馬介敏信の供養のために移転再興し、寺名も建雲山龍潭寺に改名。小牧合戦の際には、徳川家康が滞留し寄進も受けられた。明治二十四年(1891)の濃尾地震により、伽藍が全て倒壊したが、久昌寺(江南市)より山門・古堂を譲り受け、移築されたという。2022年10月頃に訪問。
来月度の城主争い戦況
1位 りょこ右近衛少将りょこさん 23回
2位 越中守ともゆきさん 19回
3位 yukiさん 15回
岩倉城西内堀址(遺構・復元物)
石碑『岩倉城』(碑・説明板)
石碑『織田伊勢守城址』(碑・説明板)
小木城(織田宰相館)(周辺城郭)
八剱砦(周辺城郭)
北島砦(周辺城郭)
神明生田神社(寺社・史跡)
山内一豊誕生地碑(寺社・史跡)
甲屋敷古墳(寺社・史跡)
浄音寺古墳(寺社・史跡)
宇都宮神社古墳(寺社・史跡)
岩倉市史跡公園(大地遺跡)(寺社・史跡)
織田伊勢守信安夫婦の墓(寺社・史跡)
新溝神社(新溝古墳)(寺社・史跡)
曽野遺跡(寺社・史跡)
川井下田南遺跡(寺社・史跡)
御山寺遺跡(寺社・史跡)
権現山遺跡(寺社・史跡)
薬師堂廃寺跡(寺社・史跡)
三狐社(寺社・史跡)
龍潭寺(寺社・史跡)
岩倉市生涯学習センター(御城印)
トイレ(トイレ)
岩倉市図書館 岩倉市民プラザ駐車場(駐車場)
岩倉市図書館(岩倉市郷土資料室)(関連施設)
大河ドラマ『功名が辻』放映記念碑(その他)
岩倉城大手虎口址(その他)
岩倉城東内堀址(その他)
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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