名称(よみ) | 種里城(たねさとじょう) |
通称・別名 | 山上館 |
所在地 | 青森県西津軽郡鰺ヶ沢町種里町大柳 |
天気情報 |
04/03(木) 降水確率:50% |
地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
問い合わせ | 鰺ヶ沢町教育委員会教育課[電話] |
分類・構造 | 山城 |
築城主 | 南部光信 |
築城年 | 延徳3年(1491) |
主な城主 | 津軽氏 |
廃城年 |
元和元年(1615) |
遺構 | 曲輪、土塁 |
指定文化財 | 国史跡(津軽氏城跡) |
再建建造物 | 石碑、説明板 |
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種里城(たねさとじょう)は、青森県西津軽郡鯵ヶ沢町種里町にあった日本の城(山城)。国の史跡に指定されている(史跡「津軽氏城跡」のうち)。
概要
種里城は、津軽氏発祥の地として知られている。城は、赤石川の上流、種里集落の西南約500メートルに位置し、前面は赤石川、背後は大柳沢山嶺をひかえた、東向きの山城である。本丸跡の西南に光信公御霊墓があり、御廟館とも言われている。また、近くに殉死した奈良主水貞親の墓がある。
2002年(平成14年)に弘前城跡や堀越城跡とともに「津軽氏城跡」として国史跡に指定された[1]。また周辺は津軽白神県立自然公園に飛地で指定されている[2]。
歴史
1491年(延徳3年)、大浦光信によって築城された。1502年(文亀2年)、光信は大浦城を築き、子の大浦盛信を置いた。光信死後は大浦城が大浦氏の本拠となり、種里城は支城として江戸時代初めまで使われた。その後種里城は津軽氏の聖地として保存されたが、明治時代に入って遺構は破壊された。
1988年、跡地に資料館「光信公の館」が建設されることに伴い発掘調査が行われ、その後種里城跡の解明を目的とした学術調査が、1991年から1997年まで続けられた。
出典
関連文献
2021/07/26 00:38 三上駿河守
種里城:鰺ヶ沢駅からタクシーで20〜25分かかって、金額は片道4720円です。資料館はケースに収められていない展示品は写真撮影もOKです。
2021/05/20 19:46 tk
種里城:南部氏から津軽エリアに派遣された大浦氏は海路より此処赤石川上流に本拠地を定める。種里集落である。赤石川は日本海に注ぐ大河である。この川の鮎は 『きんあゆ」と呼ばれて太公望の垂涎の的である。一説には隠し金山伝説があります。赤石川の源は白神山系にあり 上流には(くろくまの滝)がある。弘前藩初代津軽為信はこの地から青森県西半分を制覇します。天候不順による飢饉が繰り返さなければ、50万石相当の収量があったようです。
来月度の城主争い戦況
1位 陸奥守ねこえもんさん 16回
2位 沖陸奥守暢幸さん 6回
3位 タッチ☆さん 1回
攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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