踞尾城

踞尾城([家原城  周辺城郭])

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踞尾城の口コミ情報

2026年05月24日 romikun


踞尾城(つくおじょう)は築城年代・築城者ともに不明だが、山城国・真木島城主の系統に連なる槇島重利(玄蕃)の居城と伝わる。重利は足利義昭に仕え、義昭追放後は豊臣秀吉に属し、大坂冬・夏の陣でも豊臣方として戦った人物で、豊臣家滅亡後は細川忠興に仕えて一千石を与えられた。
踞尾の集落が比高5-10M程度の台地上にあり、百済川と石津川の合流部で「一村これ砦」的な場所で古くから砦として機能していたでしょう。
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神社ご由緒転記↓
踞尾(つくの)八幡神社 御由緒略記
本殿祭神

主神:誉田別命(ホンダワケノミコト)〔第十五代天皇〕

配神:息長足姫之命(オキナガタラシヒメノミコト)〔神功皇后〕

配神:武内宿禰(タケノウチノスクネ)

境内末社祭神

高良社:高良明神(コウラミョウジン)

神明社:天照皇大神(アマテラスオオミカミ)

稲荷社:宇迦之御魂神(ウカノミタマノカミ)
豊受皇大神(トヨウケオオミカミ)

踞尾八幡神社の起源
当神社の創建年代は不詳、現在の踞尾八幡神社境内に天照皇大神と宇迦之御魂神の二神を祀る祠があり、文徳天皇の御代(八五〇~八五八年)に始めて社殿を建て、八幡大神を祀ったのが起源とされる。その後度々改築をして、現拝殿は文化元年(一八〇四年)の建造によるものである。

神功皇后と踞尾八幡神社
当社の神域は神功皇后が異国より船で帰国され、現在の石津川をさかのぼって行かれそこで下船され、さらに進まれたところの小高い山で御一行がしばらく御休息になり、そしてその時つくまわれました。後にこの地の名を踞尾といい、ここに踞尾八幡神が祀られるようになったとも伝えられる。

源義経公腰掛石
古来より当神社は文武の神としても広く知られ、源義経公が文治元年(一一八五年二月)尾島に渡る途中、暴風にあい家来の西坊弁慶や和田義盛らを連れて踞尾に避難し当神社に参詣して海上平安、武運長久を祈願しました。
この時、義経公が休息のため腰をかけたといわれる「義経腰掛石」が当時の姿のまま境内にのこされている。

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