岩倉館
岩倉館([八丁目城 周辺城郭])
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岩倉館の口コミ情報
2026年03月22日 日和山
岩倉館
所在地 二本松市下川崎字岩倉舘山
分類・構造 山城
築城主 畠山満国
築城年 応永年間初頭(1400頃)
主な城主 遊佐内蔵頭
廃城年 天正13年(1585)
遺構 帯郭、切岸、虎口
二本松畠山国詮の長男満国から始まる川崎畠山氏の館です。東側にある三島館を本丸、本館を二ノ丸、間の中館を三ノ丸に見立てた壮大な城郭であったそうです。
川崎畠山氏は5代目の宗頼のときに二本松畠山氏に滅ぼされたようですが、同じく畠山一族で岩城に追放された本宮宗頼と同名であり、錯綜していて史実は分からないというところでしょう。その後は遊佐氏が館主となり、畠山義継が伊達輝宗を拉致した粟之須の戦いで討ち死にし、岩倉館も伊達政宗に攻め落とされたといわれています。
数年前に木の伐採が行われて、城館のような地形が現れて、場所を確認してみたら岩倉館でした。頂上の本丸と一段低い郭で二重の虎口になっており、一番の見所でしょう。土塁や堀はなく、帯郭と切岸で段状にして造られております。三島館のほうは土塁と空堀があったので、同じ山城でも構造が違う印象。伝承は置いといて、三島館が川崎畠山氏の館、岩倉館が遊佐氏の館というところかと勝手に考察した次第。
伐採後、切岸は薮化が進んでますが、道や帯郭は地元の方が整備しており、容易に登ることができます。
写真1 本丸の一段低い郭の虎口
写真2 本丸の虎口
写真3 本丸の一段低い郭 櫓でもあったような 眼下を道が通っています
写真4 本丸の様子









