熊谷氏城館(くまがいしじょうかん)

熊谷氏城館 投稿者:近江守Silvineさん
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城郭基本情報

名称(よみ) 熊谷氏城館(くまがいしじょうかん)
通称・別名 熊谷氏城館[三入高松城・伊勢が坪城・土居屋敷]
所在地 広島県広島市安佐北区可部町他(地図は三入高松城を示す)
周辺の宿
天気情報

10/09(木) 降水確率:20%
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問い合わせ 広島市市民局文化スポーツ部文化財課[電話
分類・構造 城館遺跡群
築城主 熊谷直経[三入高松城]、熊谷直時[伊勢が坪城]、熊谷高直[土居屋敷]
築城年 応永年間(1394〜1428)?[三入高松城]、13世紀後期[伊勢が坪城]、永禄・元亀年間(1558〜1572)[土居屋敷]
主な城主 熊谷氏[すべて]
遺構 曲輪、井戸跡[三入高松城・伊勢が坪城]、堀切[伊勢が坪城]、石垣[土居屋敷]
指定文化財 県史跡(熊谷氏の遺跡)
再建建造物 石碑[すべて]、説明板[すべて]
熊谷氏城館は、現在の広島県広島市安佐北区にある中世の城館群である。

伊勢が坪(塩が坪)城跡、(三入)高松城跡、土居屋敷跡、菩提所観音寺跡が、「熊谷氏の遺跡」として広島県の史跡に指定されている。

伊 勢 が 坪 城 

伊勢ヶ坪城(いせがつぼじょう)、または伊勢が坪城・塩が坪城は、広島県広島市安佐北区大林にある日本の城(山城)跡。

概要

安芸国三入荘を領地とした熊谷氏の居城である。1221年(承久3年)に勃発した承久の乱の戦功により安芸国に入った当時の熊谷氏当主熊谷直時は三入荘北端である大林の地に伊勢ヶ坪城を構え、居城とした。

その後、戦乱の時代になると熊谷直経は山城とはいえ、比高も低く、防御力の高くない伊勢ヶ坪城から、要害堅固な三入高松城に居城を移している。しかし繋ぎの城としての役目もあり伊勢ヶ坪城は廃城となることなく存続し、隠居城としての役目も持っていたと言われている。その後毛利氏の防長移封に従い、伊勢ヶ坪城も他の熊谷氏の城や屋敷同様廃され、熊谷元直は三入の地を離れ、萩へと移っていった。

城郭構造

城は根ノ谷川の東岸に築かれ、1郭から南西に延びる尾根に沿って、4つの郭と北側に1つの郭を備えている。西側には3本の堀切を配置して防御線とし、1郭東側は東から延びてくる尾根を2本の堀切で遮断し、根ノ谷川を天然の堀としている。1郭の東北端には井戸の痕跡があり、1郭南西下の郭には全長20メートル、高さ1.1メートル-1.5メートル程度の石垣も備えていた。

城跡は1951年(昭和26年)に県の史跡となっていたが、1970年(昭和45年)の追加指定と名称変更により、高松城・土居屋敷・菩提所観音寺跡とあわせて「熊谷氏の遺跡」として一括された。

三 入 高 松 城 

三入高松城(みいりたかまつじょう)は、広島県広島市安佐北区可部にある日本の城(山城)跡。単に高松城とも言う。

沿革

安芸国三入荘を領地とした熊谷氏の居城である。1221年(承久3年)に勃発した「承久の乱」の戦功により安芸に入った当時の熊谷氏は当初三入荘北端に伊勢ヶ坪城を構え、居城とした。しかし戦乱の世になるにつれ、平坦な岡にある伊勢ヶ坪城の防備に不安を感じ、当主の熊谷直経は急峻な高松山に居城を構えた。これが三入高松城の始まりである。

しかし、応永年間(1394年-1428年)に築城されたとする説などもあり、正確な築城年月は不明である。

戦国時代当初は熊谷氏は安芸武田氏に臣従していたが、熊谷信直の代になり領土問題などの争議が起こったため武田氏から離反した。天文2年(1533年)信直は毛利元就と和議を結び、以後毛利氏の重臣となっていった。同年、熊谷氏の旧主・安芸武田氏の武田光和による攻撃を受けたが落城せず、その防御能力の高さを見せ付けた。

1591年に広島城が完成すると、熊谷氏も城下に移住したが、慶長5年(1600年)「関ヶ原の戦い」の後に熊谷氏が毛利氏の防長移封に従い安芸国を離れるまで、三入高松城は熊谷氏の居城であった。城の北麓に熊谷高直が築いたとされる熊谷氏居館の「土居屋敷」跡がある。

1615年の一国一城令で破却され、多くの遺構が消滅した。

城郭構造

城山は、紡錘形をした、急峻で高さのある山である。高松山の標高は339メートル。頂上からは、南方に安芸香川氏の八木城、玖村氏の恵下山城、はるかに安芸武田氏の佐東銀山城を望む事ができる。城跡には井戸跡や馬場跡、石垣がわずかに残っており、本丸の土塁跡などが確認できる。前方には川が外堀として流れており、山自体もかなり急峻な典型的な山城である。

城跡は1951年(昭和26年)4月6日に広島県の史跡に指定されたが、1970年(昭和45年)1月30日の追加指定と名称変更により、伊勢が坪城・土居屋敷・菩提所観音寺跡とあわせて「熊谷氏の遺跡」として一括された。

現在の高松山では、毎年5月末の土日に山腹に大文字を点火、献灯する行事が行われている。これは、山頂にある愛宕神社の春祭りの一端として行われている。この可部の地は京都のように山と川に囲まれた盆地のようであり、この可部の大文字焼きは京都の「大文字」(五山の送り火)を真似たものと言われている。

土 居 屋 敷 

土居屋敷(どいやしき)は、広島県広島市安佐北区可部にある、戦国時代の熊谷氏の居館。

概要

安芸熊谷氏当主・熊谷高直によって、高直自らの居城である三入高松城の城地であった高松山の麓に建てたと言われている。三入高松城は詰の城としての役割を担い、熊谷氏の日常生活はこの土居屋敷で営まれていたと考えられている。

熊谷高直の頃の安芸国は、熊谷氏の従う毛利氏の勢力拡大により国内は安定した状態に入っていたため、生活に不便のない山麓に住居を構えたものと推測される。

しかし、土居屋敷も守りを考えた居館であり、約60m2の四角形の敷地には石垣がめぐらされ、居館の西方には根谷川、北には堀を備え、近世的な城郭としての機能もあったものと思われる。その土居屋敷の後方には、詰の城の役割を持つ三入高松城のある高松山がそびえている。

1591年、広島城の完成により、当時の当主・熊谷元直もこの住み慣れた三入庄を離れ、広島に住した。そして1600年、関ヶ原の戦いに敗れた毛利氏の防長移封に従い、当時の当主・熊谷元直も萩に移住し、およそ350年に渡る熊谷氏の三入庄支配は終焉を迎えるのである。この時に土居屋敷も破却されたものと思われる。

現在

現在は県史跡に指定されながらも周辺地域は畑や駐車場となり、アパートや変電所が建てられ、往時の雰囲気を感じる事はできない。わずかに残る巨石を使った石垣だけが、熊谷氏の栄華を偲ばせる。

史跡指定は1951年(昭和26年)だが、1970年(昭和45年)の追加指定と名称変更により、高松城跡・伊勢が坪城跡・菩提所観音寺跡とあわせて「熊谷氏の遺跡」として一括された。

国道54号線を挟んだ反対側に、熊谷氏の菩提寺であった菩提所観音寺跡がある。

本解説文(基本情報を除く)は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「伊勢ヶ坪城」等を素材として二次利用しています。

城郭口コミ


2024/08/19 05:50自転車制覇
熊谷氏城館:先達のカズさんのルートで登城&登山しました。途中シダや松の若い青がマサツチの土壌に映え、きつい登山も楽しくいけました。はっきりとした登山道が示されてはいませんが、何となくの足跡🐾を辿る登山です。比較的明るく光が差す道も多く、他の登山者もおり、怖さは感じませんでした。いつも感じますが、甲冑を着て武器を携え、何が城攻めのモチベーションだったのでしょう?戦人の体力と気力に脱帽です。写真は登山口の看板です。駐車場もゆったりです。私はもちろん自転車です😄

2024/05/04 13:13織田上総介晃司
伊勢が坪城:国道54号からバイパスではなく国道183号(旧54号)に入り進むと案内板があり、大林小学校を越え大林八幡宮を目指します。登城口の約50m先の路側帯に駐車できますが、当て逃げに不安を感じるかたは大林八幡宮の駐車場に停めるほうが無難です。伊勢が坪城を本城とし、馬蹄形に取り囲むように支城が造られ伊勢が坪城の守備を固めてたけど、手狭になったのと、支城が落城すると一気に攻め込まれるので本城を三入高松城に移し、伊勢が坪城は隠居先の城となった。

城郭攻略情報


2025/03/30 08:26
深草少将
可部駅でゲットです。
2025/03/22 13:12
右近衛大将KemaAke
芸備線からは攻略できず。
2023/09/24 09:18
そうざえもお弾正少弼
JR可部線中島駅付近で攻略23.9
2023/09/02 15:02
副島摂津守信之
下深川駅から深川通りを北上三篠川を渡って根の谷川に付くまでにゲット
2023/06/01 11:49
あざらし肥前守
公共交通:一例吉田出張所〜広電バス上根・吉田線に乗車中、中島駅口。(❜21・6攻略)

城主争い

来月度の城主争い戦況

 1位 鬼吉川さん 43

 2位 うどんさん 33

 3位 越中守さん 32

熊谷氏城館の周辺スポット情報

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