名称(よみ) | 山名氏城館(やまなしじょうかん) |
通称・別名 | 山名氏城館[此隅山城・有子山城] |
所在地 | 兵庫県豊岡市出石町宮内他(地図は此隅山城を示す) |
天気情報 |
04/03(木) 降水確率:40% |
地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
問い合わせ | 但馬國出石観光協会[電話] |
分類・構造 | 城館遺跡群 |
築城主 | 山名時義[此隅山城]、山名祐豊[有子山城] |
築城年 | 文中元年(1372)[此隅山城]、天正2年(1574)[有子山城] |
主な城主 | 山名氏[すべて]、前野氏、小出氏[有子山城] |
廃城年 |
永禄12年(1569)[此隅山城]、慶長9年(1604)[有子山城] |
遺構 | 曲輪、石垣、横堀(空堀)[すべて]、竪堀、土橋[有子山城] |
指定文化財 | 国史跡(山名氏城跡) |
再建建造物 | 碑[すべて]、説明板[すべて] |
山名氏城館は、室町時代には「六分一殿」と呼ばれるまでの勢力を持った、但馬国の山名氏に関する城館群である。
此隅山城跡、有子山城跡が、「山名氏城跡」として国の史跡に指定されている。
此隅山城
此隅山城(このすみやまじょう)は、兵庫県豊岡市の出石にある日本の城(山城)跡。別名は子盗城、此隅城。
歴史
室町時代
応安5年(1372年)頃、出石神社の北にある標高140mの此隅山に山名時義が築城。以後山名氏の持城となる。
応仁元年(1467年)、応仁の乱が始まると、此隅山城には山名の各領国から計2万6,000騎の軍勢が集まり、山名持豊(宗全)は当城から京都へ出陣した。
但馬の守護所は平野部の九日市にあったが、守護代の垣屋氏におされた守護の山名氏は直割領で守りの堅い此隅山の城に拠点を移し、山麓に館を設け守護所を移した。
戦国時代
山名祐豊は、垣屋氏・太田垣氏・八木氏らを制し此隅山城を戦国大名山名氏の居城として確立させたが、永禄12年(1569年)、織田信長の家臣羽柴秀吉に攻められ落城。祐豊は、より急峻な有子山城に居城を移し、城は廃城となった。
歴代城主
・山名時義:父時氏と共に南朝から帰参した。
・山名時熙:時義の子。足利義満から討伐を受けたが、復権した。
・山名持豊(山名宗全):時熙の三男。応仁の乱の西軍の首領。
・山名教豊:宗全の嫡男。
・山名政豊:教豊の子。
・山名致豊:政豊の次男。
・山名誠豊:致豊の弟。
・山名祐豊:致豊の次男。
有子山城
有子山城(ありこやまじょう)は、兵庫県豊岡市出石(但馬国)にある日本の城(山城)跡。
歴史
但馬守護所
天正2年(1574年)、山名祐豊が築城したとされる。一時、六分一殿として知られた山名氏は元来此隅山城を居城としていたが、永禄12年(1569年)、織田信長配下の羽柴秀吉の攻撃を受け落城したため、有子山に城が築かれた。 落城した此隅山が「子盗み」を連想させることから、別の名前であったこの城を「有り子」と名付けられたと言われる。山名氏分家の鳥取城と同じく、山頂付近は天守(詰の城)とされ、山麓に平常時住まいする居館および郭(但馬守護所)が設けられた。 しかし、天正8年(1580年)、山名堯熙の時、再び羽柴秀吉の攻撃を受け、城は落城した。
織豊時代
以後、羽柴長秀、青木秀以、前野長康、小出吉政が城主となる。 関ヶ原の戦い後の慶長9年(1604年)、小出吉英が山麓の館および郭のみを出石城として建築し、山頂部分の有子山城を廃城にしたと幕府に届け出た。
現代
2017年(平成29年)4月6日、出石城とともに続日本100名城(162番)に選定された。
歴代城主
・山名祐豊
・山名堯熙
・前野長康
・小出吉政
参考文献
・今井林太郎(監修)編 『兵庫県の地名』 平凡社〈日本歴史地名大系 第二九巻Ⅰ〉、1999年10月20日。ISBN 4582490603。
本解説文(基本情報を除く)は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「此隅山城」等を素材として二次利用しています。
2025/03/10 15:39 おだうじ弾正少弼
鯵山城:【鯵山城】城郭規模△歴史的価値△整備度合い△アクセス△遺構保存状態○遺構の規模は小規模で、遺構を確認するために遊歩道から逸れて急降急登を必要とするためおすすめ出来ません。遊歩道からも視認できる大堀切は一見の価値アリです!(出石城の裏から有子山城へ向かう急な登山道を避けたい方は、出石城下から鯵山峠へ迂回して縦走する遊歩道ルートを通られて有子山城へ向かうと思いますが、その遊歩道から視認できます)
2025/03/09 21:52 おだうじ弾正少弼
此隅山城:【此隅山城】城郭規模◎歴史的価値◎整備度合い○アクセス△遺構保存状態◎最近(2024.3月頃)に整備が入った様子で、かなり登山道が分かりやすくて良かった。いずし古代学習館裏の登山口より入城登山道沿いには堀切や畝状竪堀など目を引く遺構も多く、また気合いを入れれば登山道から逸れた千畳敷方面へ曲輪郡の遺構も確認できる。(斜面を急降急登)アライグマと遭遇した。
来月度の城主争い戦況
1位 ポチ但馬守さん 6回
2位 ぜんきち修理大夫さん 5回
3位 ずーやんさん 4回
攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
|
ユーザー名タップで詳細表示 | 報告 |