| 名称(よみ) | 白鳥城(しらとりじょう) |
| 通称・別名 | 白鳥塁、呉服山城、呉服山陣城 |
| 所在地 |
富山県富山市金屋字笹山割、寺町字城乗、吉作
周辺の宿 |
| 天気情報 |
05/31(日) 降水確率:0% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 問い合わせ | 富山県埋蔵文化財センター[電話] |
| 分類・構造 | 山城 |
| 築城主 | 神保長職 |
| 築城年 | 天文12年(1543) |
| 主な改修者 | 前田利家 |
| 主な城主 | 神保氏、岡島一吉・片山伊賀(前田氏家臣) |
| 廃城年 |
慶長年間(1596〜1615) |
| 遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀)、井戸、土橋 |
| 再建建造物 | 石碑、説明板 |
2026/05/07 06:54 尼崎城能登守一口城主
白鳥城:[出城・大峪城➡︎本陣・白鳥城へ寺町側からの登山編]4/29、大峪(ガケ)城下城後に進軍。秀吉公と成政公が戦った際の秀吉公が本陣を置いたのが白鳥城で麓の大峪城と安田城が出城という関係で、大峪城跡から見上げると白鳥城はテレビ塔が建つ山で目的地はハッキリと見えていたので迷うことなく進めました。進軍中、バス停🚏寺町付近に白鳥神社⛩️(写真①)があったのでお参り👏石碑(写真②)に「呉羽山丘陵の最高峰の麓にこの神社があったことから社の名によつて山頂の城を白鳥城と呼称されています」とあり白鳥城の名は神社名由来のようです。こちらの神社から城山方面への路地に曲がり、寺町踏切🛤️を越える前に牛ケ首用水越しに城山...
2026/05/07 06:54 尼崎城能登守一口城主
白鳥城:[城址散策前編]山麓の寺町方面から登り、白鳥城跡の標識(写真①)に沿って進んでいくと入口に(写真②)の説明板があり、三の丸の登り口(写真③)に城跡碑(写真④)がありました。写真③の登口左側にの標識があり、階段を上がっていくとまず三の丸跡(写真⑤)に到着。三の丸〜二の丸間には空壕(写真⑥)があり、空壕の角度が分かりやすいよう階段を入れて撮影📷空壕から本丸下の二の丸(写真⑦)に到着。二の丸を散策すると写真⑧の通り防御を固めた遺構が見られたので敵兵の気持ちも体感したいなと引き返して階段を降りて回り込んでみましたが関係者以外立ち入り禁止🚧となっていたので見学を断念🥲
来月度の城主争い戦況
1位 ビオリスさん 168回
2位 モコさん 167回
3位 菜の花さん 163回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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