| 名称(よみ) | 浦賀城(うらがじょう) |
| 所在地 | 神奈川県横須賀市東浦賀2 |
| 天気情報 |
02/04(水) 降水確率:30% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 分類・構造 | 山城 |
| 築城主 | 北条氏康 |
| 築城年 | 16世紀後期 |
| 主な城主 | 後北条氏 |
| 廃城年 |
1577年?、1590年? |
| 遺構 | 横堀(空堀) |
| 再建建造物 | 説明板 |
2026/01/21 16:46 河堤北星
亥ノ崎台場:戦争遺構としての「猿島砲台」という名称で知らています。ここでは江戸幕府の施設としての台場について触れたいと思います。亥ノ崎台場は江戸湾の防備力強化を目的として弘化4年(1847)に卯ノ崎台場や大輪戸台場とともに建設されました。これら3つの台場を総称して「猿島台場」と呼ばれています。当台場は猿島の北部に位置し、川越藩が防備を任されていました。しかし、建設以来一度も実際に使われることなく開国を迎えた模様です。そして安政2年(1855)に発生した安政江戸地震により壊滅的な被害を受け猿島の3つの台場は放棄されました。亥ノ崎台場があった場所は明治14年(1881)より日本軍の砲台が建設され、太平洋戦争の...
2026/01/03 02:33 くろちび上野介
浦賀城:浦賀城は日本城郭大系6によると三浦道寸築城になっています。北条氏は1580年天正8年には安宅船10隻持っていたそうです。その船を浦賀の入江、つまりこの城の東側大室と言われる場所が深い谷になっており、船の停泊として好立地で、船を岸に引き上げておくこともできたそうです。修造、建造もしていただろう、とのことで今のドックのようだったのかもしれません。「真書太閤記」での浦賀城落城の様子では秀吉が黒田官兵衛7000騎を差し向け、官兵衛家臣後藤又兵衛が城正面を攻撃するとみせかけて背面に軍船を漕ぎ寄せ、そこから焙烙矢を城に向かって打ち込む作戦にでます。この焙烙矢は鉄砲伝来前から使っていた陶器に火薬を詰めた手榴...
来月度の城主争い戦況
1位 衣通姫さん 27回
2位 足軽さん 24回
3位 松平御免之介さん 16回
勝海舟断食井戸(遺構・復元物)
千代ヶ崎砲台(遺構・復元物)
大津陣屋(遺構・復元物)
勝海舟断食の跡(碑・説明板)
浦賀城址説明板(碑・説明板)
浦賀奉行所(周辺城郭)
千代ヶ崎砲台(周辺城郭)
亥ノ崎台場(周辺城郭)
大輪戸台場(周辺城郭)
卯ノ崎台場(周辺城郭)
奥の院本殿(寺社・史跡)
三軒屋砲台(寺社・史跡)
走水低砲台(寺社・史跡)
観音崎砲台・北門第一砲台(寺社・史跡)
観音崎砲台・北門第三砲台(寺社・史跡)
観音崎砲台・北門第ニ砲台(寺社・史跡)
観音崎礼砲台(寺社・史跡)
観音崎砲台・腰越堡塁(寺社・史跡)
第二海堡(寺社・史跡)
叶神社(寺社・史跡)
猿島砲台跡(寺社・史跡)
駐車場(駐車場)
サロンアカンサス(その他)
カフェ クールクラン ウラガ(その他)
叶神社社務所(その他)
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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