| 名称(よみ) | 連方屋敷(れんぽうやしき) |
| 所在地 | 山梨県山梨市三ヶ所757番地 |
| 天気情報 |
06/23(火) 降水確率:50% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 問い合わせ | 山梨市教育委員会生涯学習課文化財担当[電話] |
| 分類・構造 | 平城 |
| 天守構造 | なし |
| 築城主 | 不明 |
| 築城年 | 鎌倉時代〜南北朝時代 |
| 主な城主 | 古屋氏 |
| 遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀) |
| 指定文化財 | 県史跡(連方屋敷) |
| 再建建造物 | 石碑、説明板 |
2026/05/25 00:22 マグロ常陸介祐平
安田義定館:西願寺が安田義定の館跡と伝わります。安田義定は源義光の孫の清光の子とされ、甲斐源氏として源平合戦に参戦し富士川の合戦の戦功により遠江国の守護となっています。鎌倉幕府成立すると甲斐源氏は次々に排斥され、建久4年(1193)には義定の子の義資が院の女房に艶書を送った罪で斬られ、遠江守護を解任され所領も没収、翌建久5年には謀反の罪で梟首されています。平安時代末期から鎌倉時代初期ノ館ということもあり、遺構らしきは見当たりません。義定の墓は、6km程北の牧丘町と2km弱北にある雲光寺にあります。
2026/05/23 20:59 マグロ常陸介祐平
連方屋敷:一辺が130m程ある方形の館で山梨県の史跡に指定されています。城主や来歴などは伝わらないようです。甲斐源氏一族の安田氏の本拠地からも遠くなく、連方の名称は安田義定の子孫の光泰が連峯入道を名乗りこの地に住んだことから付けられた説もあるようです。また、武田氏の年貢などを管理する蔵前衆の古屋氏との関連や、発掘された遺物に高貴な身分でないと所持できないような高麗青磁梅瓶などが出土し、近くには足利尊氏が夢窓疎石を開山として正慶2年(1333年)に建立された清白寺があることから、尊氏の姪を娶った甲斐守護の武田信武やその子孫の居館(守護所?)の可能性もあるようです。北側から西側にかけて空堀を伴う土塁があり、...
来月度の城主争い戦況
1位 タケ甲斐守さん 111回
2位 桐 水 隼人正さん 69回
3位 ご根室守はんさん 57回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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