| 名称(よみ) | 田波目城(たわめじょう) |
| 通称・別名 | 多和目城、多波目城 |
| 所在地 | 埼玉県坂戸市多和目 |
| 天気情報 |
04/08(水) 降水確率:0% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 問い合わせ | 坂戸市社会教育課文化財保護担当[電話] |
| 分類・構造 | 山城 |
| 築城主 | 宿谷重近 |
| 築城年 | 室町時代 |
| 主な城主 | 宿谷氏 |
| 遺構 | 曲輪、腰曲輪、土塁、横堀(空堀)、柱穴 |
| 指定文化財 | 県選定重要遺跡(田波目城跡) |
| 再建建造物 | 説明板 |
2026/03/26 21:09 マグロ常陸介祐平
田波目城:お城の詳しい来歴などは不明のようですが、現地説明板によると江戸時代(1779年)の狭山市柏原の長谷川家に伝わる文書の記録として、「田波目大がけ城」を川越城の扇谷上杉氏が攻めた時に柏原の住人半貫内膳が参戦し高麗の新節次と合戦したとしており、この記録は大永6年(1524年)の上杉氏による毛呂城攻めを伝承として記録したのではないかとしています。半貫内膳(刀鍛冶の系統)と新節次(高麗氏一族)という超マイナーな武士の名が多少のリアリティーを感じます。城主は不明のようですが、麓の永源寺が天文6年に宿谷近江守重近が開基したと宿谷氏の文書に記されており、こちらのサイト基本情報でも重近を築城主としています。また...
2026/03/25 21:02 マグロ常陸介祐平
河村氏陣屋:旗本河村氏の陣屋です。河村氏は相模の波多野氏の一族河村義秀の子孫で、重勝の代に大坂の陣に参戦し、後に大番から大番組頭となっています。知行地は武蔵国足立郡、入間郡、幡羅郡で500石で、父重信の代かもしれませんが家康の関東入国時に陣屋は築かれたものと思われます。陣屋は、稲生氏の陣屋から西に250m程の西福寺(河村氏との関連は不明)の南側とされています。現在は住宅地となり遺構は残っていません。西福寺の背後には高麗川が流れており、要害性は感じられます。風土記稿には河村某陣屋跡として記載されていますが、稲生氏の陣屋と同じ辺にあり、六反二畝の地にして今は概ね畠となっているとあり、江戸時代後期には遺構は失わ...
来月度の城主争い戦況
1位 すなちゃん武蔵守さん 60回
2位 ʚ♡ɞ副将軍ʕ•ﻌ•ʔฅ麿さん 48回
3位 りんりん右衛門尉さん 44回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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