白倉城(しらくらじょう)

 
白倉城 投稿者:毘沙門天弾正少弼景虎さん
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00時間

30

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城郭基本情報

名称(よみ) 白倉城(しらくらじょう)
通称・別名 白倉城[麻場城・仁井屋城]
所在地 群馬県甘楽郡甘楽町大字白倉他(地図は麻場城を示す)
天気情報

03/23(月) 降水確率:40%
17℃[+1]6℃[+5] 詳細

地図 マップ周辺の城NaviConYahoo!カーナビ
問い合わせ 甘楽町教育課文化財保護係[電話
分類・構造 城館遺跡群(別城一郭)
築城主 白倉氏[すべて]
築城年 文明年間(1469〜1487)[すべて]
主な城主 白倉氏[すべて]
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)[すべて]
指定文化財 町史跡(麻場城址)
再建建造物 碑、説明板[麻場城]
麻場城(あさばじょう)は、群馬県甘楽町大字白倉にあった城。

麻場城は、甘楽町の東北丘陵地帯の舌状台地上の先端部に立地した丘城である。当城は、この地の豪族白倉氏の居城であり、約500m東方にある仁井屋城と合わせて白倉城と呼ばれ、別城一郭(双子城とも言って、2つの城が1人の城主のもとに相助けて戦う構造)の形態といわれている。

城址公園整備に伴い、平成元年~3年(1989~1991)に調査が実施され、本丸(城の中心となる曲輪で、東西の南側約60m、同北側約42m、南北約54mの台形状)内には、土塁(土を盛り、たたいて固める)がまわっていたと推考でき、周囲には空堀(上幅約15m、下幅約3.5m、深さ約6mの逆台形)がめぐり、東側の堀と北側の堀のほぼ中央付近には橋を架けたと思われる穴が見つかっている。

虎口(出入口)は、本丸の南側中央にあり、幅約2m弱の土橋構造で、二の丸(本丸を保護する曲輪)へと続いている。

白倉氏は、小幡氏と並んで関東管領上杉氏の重鎮であったが、天正18年(1590)国峯城と同時に落城し、小幡氏とともに滅んだ。

平成4年(1992)4月、麻場城址公園となった。

情報提供:甘楽町教育委員会



城郭口コミ


2026/02/13 20:54マグロ常陸介祐平
麻場城居館:麻場城南西の台地下に位置する、白倉城主白倉氏の居館となります。麻場城にしても仁井屋城にしても、居住しても良さそうな立地ではありますが、白倉氏は何故か麓に居館を設けています。麻場城二の丸にある麻場城想像図(鳥瞰図)にも城主館として描かれています。行ってみると案内板の矢印の先は民家となっており、遺構らしきは見当たりません。事前に標柱があることを調べていましたが、民家の入口から覗くのを断念したので未確認です。案内板には民家の場所を示す上に、「多胡碑を守った白倉氏」と手書きしてあります。国の史跡に指定される多胡碑とは6km程離れており、現地には説明もなく気になって調べてみると、「羊太夫伝説」に関わるも...

2026/02/12 20:19マグロ常陸介祐平
仁井屋城:仁井屋城は別城一郭(双子城)の白倉城の一方のお城となります。防御重視の麻場城に対し戦闘を重視した作りとされています。日本城郭大系によると、別城一郭は孫子の戦法である「常山の蛇」(常山の蛇勢とは、先陣と後陣、また右翼と左翼が互いに連携して攻撃や防御をするため、すきがない陣法のこと)に拠るものとしています。麻場城同様に台地の先端に位置しています。復元整備された麻場城とは異なり、仁井屋城は一面の畑となり遺構らしきは見当たりません。畑になったのは遠い昔ではないようで、大系には縄張り図が載り、本丸は方30m、南北に堀を隔てて各1郭が付き、西には空堀、東は急崖で堀はなく、四方に虎口を開いた陽の縄(攻撃防禦...

城郭攻略情報


2025/10/14 08:48
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まるちゃん勘解由長官【❖】
甘楽pa付近で取れました!
2024/05/02 18:24
とふっち勘解由長官
上信越自動車道で取れました!
2024/04/20 09:27
taka能登守
上信電鉄 西吉井駅で攻略

城主争い

来月度の城主争い戦況

 1位 カイピーわんさん 130

 2位 おかめとおつるさん 103

 3位 猫夜叉阿波守さん 87

白倉城の周辺スポット情報

 空堀(遺構・復元物)

 本丸橋(遺構・復元物)

 本丸堀(遺構・復元物)

 本郭(遺構・復元物)

 登城路(碑・説明板)

 説明板(碑・説明板)

 仁井屋城(周辺城郭)

 麻場城居館(周辺城郭)

 トイレ(トイレ)

 駐車場(駐車場)

 

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