| 名称(よみ) | 西方城(にしかたじょう) |
| 通称・別名 | 鶴ケ岡城 |
| 所在地 | 栃木県栃木市西方町本城 |
| 天気情報 |
05/08(金) 降水確率:40% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 分類・構造 | 山城 |
| 築城主 | 西方景泰 |
| 築城年 | 鎌倉時代 |
| 主な城主 | 西方氏 |
| 遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀)、竪堀、枡形虎口 |
| 指定文化財 | 国史跡(西方城跡) |
| 再建建造物 | 説明板 |
2026/04/20 07:39 昌幸近江守更に吉
布袋岡城:主郭東側の遺構の北、丘陵部に造りかけと思われる遺構が残っています。15,000と言われた宇都宮軍の侵攻に耐えきれず撤退したからでしょう。丘頂には愛宕神社が建っています。以前紹介したのに写真を載せられていなかったので、どうぞご覧ください。【写真の説明】①1番麓にある土塁と堀切②堀切から竪堀へ③中腹にある竪堀④上は主郭腰郭の付け根。写真右の削平地から90度に折れ竪堀へ変化⑤どんどん落ちる竪堀⑥東側遺構と丘陵部との間の鞍部
2026/04/17 08:09 昌幸近江守更に吉
布袋岡城:栃木市の布袋岡城は、北に現国道293号線が通る標高210mの要害山に築かれました(比高90m)。天慶年間(938〜47)に藤原秀郷が築いたということですが伝承の域を出ず、永世年間(1504〜21)に皆川成勝が再築城し、城代として柏倉兵部左衛門を配置したとされます。子・宗俊、孫・広照の代になると東方からの襲来を意識した城へと変貌していきます。元亀3年(1572)に佐竹氏に落とされるものの天正13年(1585)に奪還しました。天正16年(1588)佐竹氏の支援を受けた宇都宮氏が押し寄せ、皆川氏は諏訪山城まで打って出ますが15,000の大軍では敵わず、諏訪山城、真名子城、布袋岡城と戦線を下げるも布袋...
来月度の城主争い戦況
1位 真田左衛門佐蘭丸さん 51回
2位 島図書助左近さん 43回
3位 次元大膳大夫五ェ門さん 39回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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