太原雪斎がいなかったら…(2016/06/29)
三保の松原から富士山を望む
今川義元を幼い頃から支え、軍事・外交など多方面で活躍した太原雪斎。もし雪斎がいなければ、義元はどの程度歴史に名を残すことができたか?
[投票実施期間]2016年06月29日~2016年07月21日
1.今川家の後継者争いにすら勝利できず、歴史上ほぼ埋没した存在となった。 |
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2.今川家の後継者にはなれても、その後も国人や家臣の反乱が続き自壊した。 |
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3.対立する織田信秀により西進を阻まれ、駿河一国の大名として生涯を終えた。 |
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4.北条・武田との三国同盟も成立せず、いずれ両者のどちらかに滅ぼされた。 |
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5.義元自身優れた大名であり、雪斎がいなくとも史実と変わらぬ勢力を誇った。 |
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6.その他 |
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「ニッポン城めぐり」利用者のコメント
にゃにゃーにょ豊後守(5を選択)
雪斎でなくとも誰かしら支える僧が出たはずじゃ(今川家の三男坊だぞ)。後継者争いも兄と同じ母だったので多くの家臣から支持されておった。名門で国力もあったので変わらず有力大名となったであろう。
柏木常陸介マサカド(3を選択)
北は東の北条氏との連携を深め武田氏と対峙、西は織田氏と対峙という結果、本国に釘付けになりそう。但し、武田・織田も同様になりそうです。
半日皇帝下野守(4を選択)
外交面の重鎮がいないとなると同盟締結に手子摺り、北条や武田や織田と戦続きで破滅への道へと突き進むことになるだろう(>_<)
成田上野介のぼう長親 (1を選択)
家督相続のライバルに、有力家臣の福島氏がついていたから、雪斎がいなかったら、多くの家臣達がそちらについてしまい、義元自身がどんなに優秀でも攻め滅ぼされて終わりだと思います(>_<)
SKD47勘解由長官(1を選択)
雪斎がいなければ、今川義元という人はこの世に存在しなかった。
島津大隅守龍伯(3を選択)
無難な選択ですが義元自身統治能力が高く後継者争いも雪斎がいなくても誰かしらの助力でクリアしていたと思う。家康の才覚も認めていたので結論としては桶狭間がなく天寿を全うして優れた治世者で終わったかも
源相太郎東市佑為徳(2を選択)
義元本人だけでは…と、思う。
大蔵卿モトヤス(5を選択)
5だと思う。が、松平家との係わりかたが大なり小なり変わると思います。家康は駿河に人質となるのか…
M g (5を選択)
家康のせいで神格化され過ぎのような気がします。
takechan.(4を選択)
それが自然ですねねー
黒崎城(1を選択)
出家したまま僧として生涯を終えたかも。外交僧として名を残していたかも?
いちごう(5を選択)
義元君はできる子!!
平朝臣井坂弾正少弼貞幹(6を選択)
義元も優秀なんだろけど三河の確保までは難しかったかも
Michi(6を選択)
義元自体にも能力があった様だし、それなりの活躍はしたかもしれない。だが、今の歴史ほどにはならなず、北条、武田と不毛な争いのまま、尾張に侵攻する様な余裕は無かったのでは?
土塁ルイ(5を選択)
今川氏は足利宗家の継承権を持っており、ある時期までは権威や力があったと思う。
鬼義重常陸介いわちん(3を選択)
雪斎は義元の右腕的存在なわけで、あらゆる面で才能を発揮しているので、いないとなると義元の力も半減してしまう。
フレデリカ.G(1を選択)
雪斎が導いたからこそ、義元が優れた才覚を会得できた。
弾正忠ちんたん(1を選択)
だって、雪斎あっての義元じゃん。
七七大炊頭(2を選択)
仮に当主になれても反義元勢力を抑えることができないでしょう。甲相駿三国同盟なんて、夢のまた夢。しかし、桶狭間があるはずはなく、今川は名家なので、義元の命はながく存命する可能性がたかいです。
ウツーノ越前守白起廉頗王翦(6を選択)
兄の玄広恵探との後継争いも苦戦、武田と同盟や北条との抗争→武田北条と三国同盟など、雪斎ナシでは全てで手間どり三河侵攻も?でも義元も有能で時間かけて領土拡大してると。逆に時期ずれて尾張侵攻も成功か!?
左大臣国盗りひろくん(6を選択)
今川義元よりも家康がいい感じに育たず、違う意味で最終的な天下の行方が変わったんじゃないか
【隠者】史学会帰新参(5を選択)
雪斎がいなくても、義元の母である女戦国大名寿桂尼がいれば、家督争いは勝ったと思う。
綱島出雲守八雲(4を選択)
太原雪斎に代わる人材が義元が幼少の頃から存在したか考察すると可能性は低い。晩年は馬にも乗れぬほど太っていた話を聞くと自他管理能力は低かったと察し、4を選択。
小山四郎常繁(4を選択)
三国同盟がないなら、武田、北条連合に敗れるかと。北条からしたら、川越夜戦の謀略をきっかけに攻められる口実を与えた。かつて家臣だった家としても。
(5を選択)
優れた武将、優れた家臣がいる為
大丈夫かと
野心が強くなければですが
義元結構好きです
弟は猫(5を選択)
信秀の西三河介入までは戦略的必然性と猛将に欠かない今川家の人材からいって対処できると思います。
三国同盟成立が危ぶまれますが、滅ぼされるまではいかず徳川を挟んで織田と三河の奪い合いしていそう
はやゆうけん上野介(6を選択)
雪斎に抑えられずに史実より領土を広げられた。
百段上総介久太郎(5を選択)
これを言い出すと、家康の登場にも影響してしまうので、ある程度は史実どおり。でも、やっぱり最期は桶狭間かな。
式部卿となりのヨーダ(1を選択)
2人は水魚の交わり
八雲ノ右馬頭お頭(6を選択)
三国同盟はならず、今しばらく戦乱の世を生き抜いたが、最終的には織田&武田連合に敗れた。
(3を選択)
軍師がいないと…なかなか西進も辛いでしょうねぇ。。。
式部大輔こしまう(1を選択)
桶狭間戦記のイメージしかないからなあ、彼無くして今川義元は歴史の表舞台に残ることはなかったのではないかと。
かげかつ(5を選択)
多少勢いはなくなると思うけど似た感じになりそう。
松永弾正忠久秀(6を選択)
花倉の乱で、福島正成らに破れていた。
真田左大臣もきち(5を選択)
太原雪斎の活躍は所詮小説の中なので史実では影響ないでしょう。よく生きていたら桶狭間で義元討たれないとか聴きますが、たぶん生きてても討たれてますね。
ひらちゃん(1を選択)
桶狭間を見る限りこれですな。
大久保遠江守常源(1を選択)
まさに車の両輪。雪斎禅師が居なければ、義元公の歴史も始まらなかったのでは?
ソバッソ80.0(6を選択)
義元さん走攻守強いし、若い元気なうちにガンガン勢力拡大、織田は吸収される。北条と手を組み信濃へ戦線北上させた武田が弱った所で三国同盟案打診、武田所領安堵の今川傘下。そのまま上洛。
佐藤隼人佑好信(5を選択)
家督相続以前に影響を及ぼしただろうが、あまり変わらなかったと思われる
主殿允ドラえもん(1を選択)
太原雪斎と岡部元信、朝比奈泰朝の三人がいたからこそ、義元の野望は成ったと思う。
自称武蔵守 本当は木工允(1を選択)
太原雪斎の武・知・人
70・97・93
今川義元の武・知・人
66・88 ・86
ぴょんさん(6を選択)
氏輝の死に雪斎が関与してるなら、それが起きないので一門衆の僧として活躍。 関与してないなら後を継いで5
ちょぼ(1を選択)
御師匠様だから。
ジオング兵部卿瑞雲(6を選択)
今川氏豊(那古屋殿)が、しれっとあとをつぎ、今川は滅亡に向かっていた。
ついでにいえば、徳川家康も存在しない可能性が出てくるので、後の歴史は大きく変わりうる。
西美濃守織部正(1を選択)
花倉の乱をググれば、それ以外は有り得ん。
伊豆守隠岐守(6を選択)
そのまま僧侶として修行に励み、立派な僧侶として生涯を終えたと思われます。
ark主膳正(6を選択)
3+4。松平氏(裏に信秀)に滅ぼされたのでは。松平が信秀につくことを考えると、北条が駿河、松平氏(=信秀)が遠江。跡を継ぐ信長は地盤がしっかりしていて、天下統一までいけたと予想。
㊤常陸介iff(5を選択)
「優れた」という部分は否定的に捉えますが、結局代わりになる存在はあったはず。
全面的に決定論の立場には立ちませんが、ある幅の中でなるようにしかならないと思います。
甑岩式部卿正頼(5を選択)
義元が優れていたかは置くとして、雪斎の能力は疑うべくもないが、当時の今川家隆盛は彼一人によるものでなく、今川勢の総力が大きかったから。だから史実と大きく変わらないと思います。
せしえもん中務大輔(1を選択)
義元の成長過程に大きく関わってきた以上、他の育成役にどの程度の期待できたことやら。恐らくは歴史の舞台に上がることなく僧坊として過ごしたのではなかろうか。
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