吾妻衆・折田軍兵衛の肖像~戦国から太平の世へ~
2020年11月15日~2020年12月20日
吾妻郡下折田の折田姓の先祖折田軍兵衛は、もと佐藤姓であったが、折田に住み折田姓を称した。軍兵衛の子孫である折田氏宅には、軍兵衛が戦場で使用した「諏訪大明神」の神号入りの軍旗(旗指物)と武田氏朱印状、真田信幸朱印状をはじめとする古文書が所蔵されている。中之条町横尾の八幡山城の勤番衆の名を挙げた「八幡山番帳」(天正十六年:1588年)には折田蔵之介、折田雅楽助の両名と番頭である折田軍兵衛の3名の名前が出ている。下折田の折田氏墓所は下折田の「滝沢不動尊」にある。墓地内には「建武二年(1335年)七月廿三日」銘の板碑・画像板碑(破片)・室町初期の五輪塔・戦国期の五輪塔と共に、吾妻郡内で現存する唯一の中世石仏がある。
投稿者:夜叉姫上野介
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