歴史科学捜査班 「解剖!真田丸 徳川軍撃破の秘密は地形にあり」
2019年07月01日19時00分
赤備えの甲冑で戦場を駆け抜け、日本一の兵と評された武将・真田信繁(幸村)。信繁がその名を轟かせたのは慶長19年、1614年に豊臣軍と徳川軍が激突した「大坂冬の陣」。信繁は前線に出向き徳川軍と激闘。その戦場で自らの牙城としたのが「真田丸」である。信繁は徳川軍を巧みに「真田丸」へとおびき寄せ撃退した。「真田丸」とはどのようなものであったのか?捜査班は城郭考古学のプロフェッショナルで大河ドラマ「真田丸」のセットを監修した千田嘉博さんとともに現地を徹底調査を敢行。真田丸の跡地に未だ残る「盛り上がった地形」、空撮映像で判明する真田丸の規模、さらに最新研究で判明した大坂冬の陣、当時の地形を再現。真田丸の真実に迫る。
投稿者:山中 バンビの助
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