歴史イベント・メディア情報

[特別展]安城ゆかりの大名 家康を支えた三河石川一族

2017年09月22日~2017年11月04日

 

観覧料:400円(中学生以下無料)

 戦国期、石川一族は真宗門徒の多い西三河の各地に一族を輩出しました。由緒によると蓮如との関係を持って三河に来歴したとあります。一族の惣領家は、小川(市内小川町)に居た石川家でした。一六世紀中頃には、惣領の忠成(清兼)が家康の祖父清康・父広忠の重臣となりました。
 石川一族の中で特に活躍したのは、家康に仕えた石川数正と石川家成です。数正は忠成の孫にあたり家成は忠成の子で、数正の叔父にあたります。永禄六、七年(一五六三、六四)の三河一向一揆では、石川一族の多くが家康方と一揆方に分かれて争いましたが、数正・家成はともに家康方につきました。
 その後、家康の重臣として活躍した家成は掛川城に赴任し、武田氏の滅亡まで、最前線を守備しました。本能寺の変後、家康は領国を拡大し、後に豊臣秀吉と対立します。数正は家康と秀吉の取次でしたが、対立が明確になるに及んで、岡崎城から秀吉の許へ出奔しました。
 秀吉の天下統一後、数正と二代三長(康長)は松本城主(長野県松本市)となり、また家成の子康通も関ケ原合戦後、美濃大垣城主(岐阜県大垣市)となり、城の普請や城下町づくり、領国経営にあたりました。
 この展示では、門徒武士としての石川一族や、家康を支えた数正・家成とその息子たちが活躍した時代を中心に紹介します。

 

投稿者:くろちゃん伯耆守

 

 

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