歴史イベント・メディア情報

歴史発見 城下町へ行こう!

2018年07月10日23時00分

 

[放送日時]
7/10(火)23:00~23:54

[テーマ]
水戸の城下町

[概要]
徳川光圀のお膝元・水戸の城下町へ。
水戸黄門イケメン伝説!
黄門様は七人いた!?
明治維新のきっかけは黄門様にあった!?
など、知られざる水戸の秘密に迫る!

[番組詳細]
副将軍と呼ばれるほど絶大な発言力を持った名君・水戸光圀とはどんな殿様だったのか。

まずは水戸城へ…と思いきや、城がない!?
実は、徳川御三家の一つ・水戸徳川家には参勤交代の義務が無く、歴代当主は江戸定府が基本だった。
そのため水戸城の造りは質素にして簡素。
天守は建造されず、城郭も石垣が無く、すべて土塁と空堀で構成されていた。

黄門様の縁を探す城下町歩き。
『黄門神社』は水戸光圀の生誕地。
時代劇では諸国を漫遊する庶民の味方として、温厚な御隠居のイメージだが、幼少期から壮年期まで伝えられるその人物像はやんちゃ。
また、イケメンだったという記録も残っているという。
さらに、水戸黄門は七人いた!?
黄門様の新たな魅力と不思議を追う。

国の特別史跡、重要文化財指定の『弘道館』は、水戸藩の藩校。
教育方針は文武両道。
医学や天文学など自然科学から、馬術や剣道など武芸を研究する総合大学だったという。
中でも水戸藩が力を入れていたのが歴史学。
吉田松陰や西郷隆盛も教えを受けたという究極の歴史学・水戸学について学ぶ。

江戸時代、那珂湊には東北からの物資を運ぶ中継地点としての役割があり、東北の米や海産物はここを通って江戸へと運ばれた。
かつてこの海を眺め、まだ見ぬ未開の地への想いを熱くした人物がいた。
蝦夷探検は水戸光圀の悲願とも言える水戸藩の一大事業。
度重なる失敗と危険を冒しながら、光圀が求めたものとは…?

水戸藩九代藩主・水戸斉昭が造った偕楽園と千波湖は、四季折々の草木や野鳥が目を楽しませる市民の憩いの場。
心和む自然散策を楽しむ中でふと見つけた不思議…千波湖に棲む『白鳥と黒鳥』秘話、さらに大老・井伊直弼暗殺事件『桜田門外の変』の知られざる背景に迫る。


ナビゲーター:ピエール瀧

 

投稿者:

 

 

※投稿された内容の正確性、信頼性等については一切の責任を負いません。特にイベント等へ行かれる場合には、必ず公式の情報をご自身でご確認下さい。

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