名称(よみ) | 黒淵城(くろぶちじょう) |
通称・別名 | 黒渕城、黒駁城、種山城 |
所在地 | 熊本県八代市東陽町南 |
天気情報 |
04/04(金) 降水確率:0% |
地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
分類・構造 | 山城 |
築城主 | 不明 |
築城年 | 不明 |
主な城主 | 恵良氏 |
遺構 | 曲輪 |
再建建造物 | 説明板 |
2022/11/03 12:34 ʀᴇᴅ副将軍
黒淵城:南北朝時代に少弐氏と阿蘇氏が争った城跡🏯オススメ度 ★★★⭐︎⭐︎築城年代等の詳細不明。南北朝時代は、1346年に北朝方の少弐頼尚と南朝方の恵良惟澄が争い、少弐頼尚が黒淵城に攻め込み、少弐氏の支配となりましたが、恵良惟澄が奪い返したと伝わります。見所現在は黒渕河川自然公園として整備され駐車場も完備。氷川支流の河俣川右岸の丘陵に築かれており、段郭や切岸、櫓台が確認できます。公園化の前は蜜柑畑であり、一部改変されている様です。
2014/02/04 00:37 蒼 (唐冠魚鱗札)
黒淵城:恵良惟澄正平3年(1348年)九月の申状によれば、正平元年(1346年)少弐頼尚が八代を攻撃した時、本城はいったん頼尚の手中となったが、恵良惟澄が向城として米山に陣取って奪い返したという。城主名については不分明である。城跡は、河俣川の湾曲に沿って南西方向へ突き出した山稜末端部の小山(標高118、5m・東側麓の道路よりの比高約30m)に位置してより、「城の平」の字名を残す。山頂部分はミカン畑となっており(公園整備前)、楕円形状の平坦部が観察されるが、削平の度合いは荒く、東側部分の鞍部にも堀切は観察されない。顕著な遺構としては山頂周囲の斜面に観察される「削り落し」のみである。北東側麓の「黒淵(字名...
来月度の城主争い戦況
1位 ぐるぐる丸さん 25回
2位 Yoshi主殿助史朗さん 11回
3位 肥後モッコスさん 6回
攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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