蟻尾城(ありおじょう)

蟻尾城 投稿者:御朱印。城メグ3年生さん

城郭基本情報

名称(よみ) 蟻尾城(ありおじょう)
通称・別名 有尾城、在尾城、蟻尾山城
所在地 佐賀県鹿島市大字三河内字蟻尾他
天気情報

05/07(火) 降水確率:20%
21℃[-3]16℃[-2] 詳細

地図 マップ周辺の城NaviConYahoo!カーナビ
分類・構造 山城
築城主 大村家徳
築城年 文正元年(1466)
主な城主 大村氏
遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、竪堀
再建建造物 説明板
蟻尾城(ありおじょう)は標高192mの蟻尾山(ぎびざん)の山頂に築かれた戦国時代の山城。現在は蟻尾山と呼ばれているが、古い記録では在尾山や有尾山(いずれも読みは「ありお」)とも書かれている。

歴史 

鎌倉時代から室町時代にかけて藤津地方に勢力をふるっていた大村氏は、小城の千葉市に侵攻に対する防備を固めるため、大村家徳が文正元年(1466)に在尾山に城を築いた。しかし、文明9年(1477)小城の千葉介胤朝の軍に攻められて落城し、時の城主大村家親は尾根伝いに能古見本城の方へ逃げのびた。この落城に際しては、納富分の泣子観音(泣きびすさん)の伝説や、西牟田緑の地名由来(緑姫)などの悲話も伝えられている。

立地・構造 

城の構造は、東の尾根沿いに登城口があって、登城口を含む東側と西側の尾根一帯には堀切や竪堀が設けられている。南と北は天然の断崖で、自然地形を利用した要塞である。主格曲輪の周囲には土塁を築き石垣を積んでいた痕跡もいたるところに残っている。東西約500mという鹿島藤津地方における最大規模の山城で、鹿島平野から佐賀平野までを一望できる立地に在り、戦略拠点として重要な役割を担っていたと考えられる。

戦国時代の山城は戦時拠点であるため、山麓や平地に平常の館が設けられている例もあるが、蟻尾城についてはその詳細は不明である。一方で、蟻尾山の南東中腹には「百堂」「伽藍さん」の地名も残されており、氏寺の性格を有す寺院が近くに建立されていた可能性がある。

現在、山頂近くの尾根上には「大天狗」の石祠と、永正9年(1512)平常親によって造立された「弁財天」の石殿が祀られていて、一般に豊前坊さんと呼ばれています。4月と7月の2回、若殿分区によって豊前坊さん籠りが催されています。

情報提供:佐賀県鹿島市



城郭口コミ


2023/05/16 23:49気分爽快信濃守
山浦城:山神社の近くに登山者用駐車場がありました。登城路は、石、岩だらけで、雨上がりだったこともあり、かなり時間をかけて慎重に登りました。色々な石積み、路を塞ぐ巨石、岩盤の切り通し、岩盤堀切と、とにかく石が沢山あります。郭は、尾根に造られた細長いもので、主郭の側面部には石積みを確認できます。随所に案内板があるので、安全に頂上まで辿り着けましたが、下手に直登りすると側面の高い岩場に阻まれ大変なことになりそうです。①登城路には巨石②途中に色々な石積みがある③南端には丸い石がゴロゴロ④途中で平たい石になる⑤主郭手前の岩盤堀切⑥主郭⑦北端の竪堀⑧主郭側面の石積み

2021/05/17 21:22龍馬備中守【】
山浦城:佐賀県の鹿島市にある山浦城☆別名を原城と呼びます☆南北に木庭川と中川との間に挟まれた北へ伸びた山塊☆西蔵寺の背後の標高333mの城山に築かれています☆地元のおじいちゃん達の必死の整備の賜物で登山道は整備されました☆コロナ前に山城イベントをしていてザッと100人位が来てくれたと嬉しそうに話してくれました♪♪♪嬉しい事ですね♪城主・原氏の城郭は正に要害地形に相応しい城郭です☆南北に細長く伸びた尾根に曲輪を配してます☆元々、岩盤が色濃く出ている山塊は石垣、石積みを沢山使ってます☆総石積み、石垣だったのかなぁ〜??と言う位、石、岩、に溢れてます☆独特の石積みをしていて例えるなら…信濃国の布積みの様なそ...

城郭攻略情報


2022/05/01 10:18
かわきち太政大臣
長崎本線肥前鹿島駅で、黒いかもめ乗車中に攻略できました。
2021/03/03 19:38
副将軍こうちゃん播守
JR長崎本線「肥前竜王」→「肥前鹿島」駅間で攻略!!
2020/06/21 10:16
綱島出雲守八雲
可 長崎本線
2018/07/14 14:14
松浦筑後守
県道41号線より蟻尾山公園上り口にて、鹿島城と常広城の三城を攻略
2017/11/01 21:05
Rei外記
長崎本線肥前鹿島駅にてGET(^^)b

城主争い

来月度の城主争い戦況

 1位 Vamos播磨守ヒゲ爺さん 38

 2位 肥州織部正脂熊さん 36

 3位 小沢兵部大輔多聞さん 4

蟻尾城の周辺スポット情報

 山浦城(周辺城郭)

 

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