高擶城(たかだまじょう)

 
高擶城 投稿者:赤いRVR甲斐守@松本さん
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00時間

15分

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城郭基本情報

名称(よみ) 高擶城(たかだまじょう)
通称・別名 (高擶陣屋)
所在地 山形県天童市高擶
問い合わせ 山形県文化財保護推進課[電話]
天気情報

10/07(水) 降水確率:30%
21℃[-1] 11℃[-3] 詳細

地図 マップ/周辺の城/NaviCon/Yahoo!カーナビ
分類・構造 輪郭式平城
築城主 高擶義直
築城年 応永年間(1394〜1428)
主な城主 高擶氏、天童氏、斎藤伊予守(最上氏家臣)
廃城年 嘉永元年(1848)
遺構 水堀跡
再建建造物 石碑、説明板
山形盆地のほぼ中央、天童市南西部に位置し、今なお集落そのものが方形を呈し、その面影をしのぶことが出来る。

築城は、応永年間ともいわれるが、現在の形になったのは、文明年間の城郭整備によると考えられる。城の中央に守り本尊の大日堂(皇太神社)を設け、外郭には寺院を配置している。

城の整備時には、東、南、西を重要視しており、永正の乱や最上内紛、最上天童合戦に備えてであろう。

城の形態は、主郭を中心に外堀を含めると4重の水堀からなる輪郭式である。道路は、すべて鍵型路、丁字路、食い違い、屈曲路からなり、北側は、京川を改修して堀の役割をさせている。主郭の位置は定かではないが、元和の検地帳に字本丸とあり、6,504坪の面積の記載があることから、現在の楯の内のほぼ中央部であったと思われる。

虎口は、東に大手を、西に勝手口を設け、西楯と中小路の南と西に三の郭から別れる郭があり、そこには家臣たちが居住したと伝えられている。堀の幅は二の郭を回るもので幅8~14間で堀底には切り石を敷いたところもあるといわれている。

この城は、はじめ最上領の北を押さえるための軍事上の城であったが、その後天童氏の隠居城となったり、江戸時代初期には、最上家臣斎藤伊予守が5,500石で配置になり、政治的あるいは居城的な正確であったろう。

弘化4年には、館林藩高擶陣屋が置かれ、嘉永元年に廃止された。

情報提供:山形県教育委員会



城郭口コミ


2026/09/30 20:01 ᴿᴱᴰ副将軍
高擶城:最上氏の一族である高擶氏の居城🏯⁡オススメ度 ★⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⁡高擶城(たかだまじょう)と読みます⁡築城年代は不詳。応永年間(1394年~1428年)に高擶義直により築かれたと云われます。高擶義直は、最上氏二代当主である斯波(最上)直家の四男であり、最上領の北方を押さえるために山形城の支城として築かれたとされ、高擶氏を称して代々の居城となりました。文明年間(1469年〜1487年)以後は天童頼基の支配となり、天童城の支城として整備されたと云われます。1584年、最上義光が攻め寄せ天童城が落城すると、高擶城も最上氏の支配となります。1600年、関ヶ原の戦いの後には宮内内蔵丞が高擶城に入城。その...

2026/07/26 10:09 さよなら陸奥守急行津軽
高擶城:住宅地の中のあかつき公園(3枚目)が、高擶城の本丸跡のようです。公園の手前の公民館に、城跡の石柱(1枚目)と説明板(2枚目)があります。公園には、いくつか石碑(4枚目)や説明板がありますが、遺構は特に無いようです。公園ですのでトイレもあります。公園は車両進入禁止ですので、車は公民館の前のスペースか、公園そばの神社の脇のスペースに停める事になると思います。

城郭攻略情報


2023/07/30 02:32
あざらし肥前守
公共交通:一例JR奥羽本線から。(❜19・7攻略)
2020/04/05 15:19
下総守藤次郎
高擶駅にて二城同時攻略!
2019/06/02 13:46
かわきち太政大臣
奥羽本線漆山~高擶にて攻略できました。漆山では不可。
2015/05/03 05:44
城武蔵守義理庵
R13とr24との交差点では攻略出来ず。r24を西へ行ったr22とr24との交差点にて攻略(1.5km)

城主争い

来月度の城主争い戦況

 1位 神木工頭官兵衛さん 25回

 2位 豊田出羽守遊太郎さん 20回

 3位 風音院漂泊戸斉さん 9回

高擶城の周辺スポット情報

 高擶城址説明板(碑・説明板)

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 トイレ(トイレ)

 

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