姫松館(ひめまつだて)

城郭基本情報

名称(よみ) 姫松館(ひめまつだて)
所在地 宮城県栗原市一迫真坂字寺東
天気情報

05/07(火) 降水確率:60%
23℃[-2]15℃[+4] 詳細

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問い合わせ 栗原市教育委員会教育部文化財保護課[電話
分類・構造 連郭式山城
築城主 不明
築城年 平安時代後期
主な城主 井ノ山氏
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)、畝状竪堀群、堀切
指定文化財 市史跡(姫松館跡)
再建建造物
姫松館(ひめまつたて)は、宮城県栗原市一迫真坂にある山城。

遺構 

一迫川の北岸、一迫川と並行して東西にのびる比高約60mの丘陵上に位置する。東西600m、南北300mに及ぶ巨大な山城だ。大きく6つの曲輪が東西に並び、それぞれを区切る堀切、山腹に設けられた大規模な横堀や竪堀、土塁などがよく残る。竪堀と横堀を組み合わせたような設計が見事で、県内屈指の見ごたえがある城だ。

城の南側は断崖に守られているため、防御のしかけは北・東・西側に集中する。曲輪間は堀切と土塁により遮断され、北側には横堀がめぐる。とりわけ主郭と思われる曲輪付近の防御は厳重で、北側に長大な二重の横堀と大規模な竪堀が設けられている。最西の曲輪は南側にせり出し、その東側にある主郭らしき曲輪も同様に南側に大きく突き出している。

最東の曲輪は南側に向けて開き、南東側に二重の堀、南に向けた竪土塁と竪堀が設けられている。枡形虎口も、南側を向いている。

現在は、姫松館森林公園として整備されており、城の一部が破壊されているが、遊歩道があり歩きやすい。

歴史 

築城者や築城年代は定かではない。奥州藤原氏の城で、重臣の井ノ山氏が城主を務めたと伝わる。文治6年(1190)に奥州藤原氏の旧臣・大河兼任が姫松館に籠り、落城したと伝わる。落城時、千代姫が崖から傘を手に逃亡した伝承が、城名の由来のようだ。

現存する遺構は、天正18年(1590)の大崎・葛西一揆の際、一迫狩野氏の館を大改修したものと考えられている。

一迫狩野氏は本姓狩野氏で、14世紀中頃に一迫に入部。15世紀中頃から一迫氏を名乗った。天正末期には伊達氏に近づき、奥州仕置後も伊達氏に臣従した。

交通 

・東北自動車道築館ICから車で約25分

参考文献 

・『東北の名城を歩く 南東北編』吉川弘文館、2017年

文:萩原さちこ



城郭口コミ


2022/09/03 17:06加納下総守
姫松館:中館、東館からなる広大な山城です。案内板では登った反対側西館奥にも降りる道がある?ようですが制覇された方はコメントお願いします。断崖の松は枯れてしまったと書いてありましたが写真のもなかなか大きなものです。山道ですので車の切り返しも注意してください。

2021/08/26 00:49RED副将軍
姫松館:宮城県を代表するというより、奥州を代表する名城。ウワサ以上の山城でした。オススメ度 ★★★★★⁡細い道路ですが、県道17号から龍雲寺の墓地を抜けて城域まで車で行く事ができ、登山が苦手な方でも訪城が可能です。⁡平安時代後期に築城された奥州藤原氏(後の大崎氏)の館が始まりというだけで詳細不明の謎に包まれていますが、少なくとも平安の館跡ではなく、複雑な仕掛けを張り巡らせた縄張りは完全に戦国時代の実戦山城です。⁡大崎氏が改修したとも、葛西大崎一揆に対抗するため伊達氏が改修したとも、逆に一揆勢が改修したと様々な説がありますが、ハッキリしてません。私見ですが、これほどの手間が掛かった縄張りは一時的な一揆の...

城郭攻略情報


2023/07/29 15:27
あざらし肥前守
公共交通:一例JR東北本線石越駅〜グリーン観光バスくりはら田園線で栗駒病院で乗換、栗原中央病院経由東北新幹線くりこま高原駅行き、岩ケ崎線で可。(❜20・2攻略)
2021/11/07 12:15
キングカズ武蔵守
新幹線で攻略ならず!
2021/11/07 08:05
くに播磨守
398号の高橋下育苗センター前の交差点で攻略。
2021/10/11 12:13
副将軍こうちゃん播守
栗原市民バス・岩ヶ崎線「小山崎」→「割山」バス停間で攻略!!このバス、くりこま高原駅から出てます。
2020/06/27 12:56
征夷大将軍香曾我部
築館から県道42号に入って最初の信号を左折して、八坂神社を過ぎて攻略しました。

城主争い

来月度の城主争い戦況

 1位 あおぽんさん 32

 2位 toshi陸奥守さん 15

 3位 M.Iさん 2

姫松館の周辺スポット情報

 姫松館森林公園入口(碑・説明板)

 真坂館(周辺城郭)

 駐車場(駐車場)

 

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