朽木陣屋(くつきじんや)

 
朽木陣屋 投稿者:おりゃあ関白さん
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00時間

22

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城郭基本情報

名称(よみ) 朽木陣屋(くつきじんや)
通称・別名 朽木城、朽木氏館、朽木屋敷
所在地 滋賀県高島市朽木野尻
天気情報

02/22(日) 降水確率:40%
16℃[+4]4℃[+5] 詳細

地図 マップ周辺の城NaviConYahoo!カーナビ
問い合わせ 高島市教育委員会事務局文化財課[電話
分類・構造 陣屋
天守構造 なし
築城主 佐々木信綱
築城年 鎌倉時代前期
主な城主 佐々木氏、朽木氏
遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(水堀)、井戸
指定文化財 県史跡(朽木陣屋跡)
再建建造物 説明板(朽木陣屋)
※この城郭は2025年4月6日に名称が変更となりました。

朽木陣屋は、江戸時代に朽木氏が本拠とした城館で、若狭街道と琵琶湖からの街道が合流する、交通の要衝に立地している。

近年行われた発掘調査の結果、室町時代の朽木城も、この位置に重複していることがわかってきている。

陣屋の規模は、おおよそ方二町で、内部には御殿や馬場があったが、明治維新に建物は全て壊され、現在では堀、土塁、石垣の一部が見えるだけとなっている。

しかし、地下遺構は良好に残っており、今後の調査により往時の姿を蘇らせることができそうである。

朽木氏について 

朽木氏は、佐々木氏の流れで、京極氏、六角氏とは同族の高島郡に割拠した高島七頭の一家として朽木谷を支配していた。

朽木氏は、京都と日本海を結ぶ若狭街道一帯を抑え、かつ、豊かな山林資源を活用することにより、力を蓄えた。

室町幕府の中でも、京都に近い立地、軍事力などの理由から重用され、幕府の奉公衆として、親衛隊的な役割も担っていた。

また、代々の足利将軍が戦乱から逃れるため、度々朽木氏の元に身を寄せていた。織田信長が、朝倉攻めの際、浅井長政の裏切りに遭い、若狭から京へ逃げ帰る際にとったルートが朽木谷で、朽木氏がその先導をしたことは有名である。

その後、豊臣秀吉、徳川家康に仕え、江戸時代には9000石を安堵された。

現在、朽木家に伝わった記録類「朽木家文書」は、中世史の基本資料として、重要文化財に指定されている。

情報提供:高島市教育委員会



城郭口コミ


2026/01/02 20:53HAL2000壱岐守
朽木氏岩神館:この地域を支配した朽木氏が室町時代に設けた、将軍滞在用の館です。室町時代後期、12代将軍義晴が京都を追われて避難してきたのが朽木。将軍のために朽木氏が館を設けました。当地は京都と日本海(若狭)を結ぶ若狭街道、通称鯖街道の途中にあります。信長の退避行である「金ヶ崎の退き口」では、朽木氏の手助けのもと、この街道を通り京まで帰還しています。興聖寺では、この地の歴史について詳しく説明してくださるので、ぜひ訪ねてみてください。朽木陣屋の地にあった朽木資料館が無くなってしまったので、こちらの見学がお勧めです。

2026/01/02 20:32HAL2000壱岐守
朽木陣屋:かつて陣屋跡にあった朽木資料館は、今はもうありません。当地に訪れる際は、近くの岩上館跡こと興聖寺に立ち寄ることをお勧めします。朽木谷の歴史を教えていただくことができます。(写真は12/13に訪問した時のものです。)

城郭攻略情報


2025/11/02 14:03
丹波守炒飯蛍烏賊大盛
湖西線の安曇川駅から江若バス朽木線乗車、下荒川バス停で取れました
2025/10/17 21:24
日向夏隠岐守
3.2km地点で攻略可能熊川城とダブル攻略はならず
2023/07/16 13:58
戸沢夜叉九郎正樹
安曇川駅より江若バス朽木学校行きで下荒川バス停手前で攻略出来ました。乗車時間約25分です。
2023/07/13 04:56
【春の予感】征夷大将軍クララ姫
国道161号線青柳北交差点から県道23号線を朽木地区向けに攻める場合は約8km西進し『高島市朽木』の行政看板が見えたら、即攻略だワン。
2023/05/06 10:20
【城】武蔵守星切り
国道303号線から367号線を南下約4キロで攻略城まで約4.4キロでした

城主争い

来月度の城主争い戦況

 1位 稲葉志摩守さん 20

 2位 とくとく刑部卿さん 10

 3位 とっとこ摂政はむの輔さん 8

朽木陣屋の周辺スポット情報

 土塁(遺構・復元物)

 朽木陣屋説明看板(碑・説明板)

 朽木陣屋説明看板(碑・説明板)

 朽木西山城(周辺城郭)

 朽木氏岩神館(周辺城郭)

 野尻坂砦(周辺城郭)

 大野遺跡(寺社・史跡)

 駐車場(駐車場)

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 朽木西山城、登山口(その他)

 信長の隠れ岩(その他)

 

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