| 名称(よみ) | 松尾寺城(まつおでらじょう) |
| 所在地 | 大阪府和泉市松尾寺町 |
| 天気情報 |
04/17(金) 降水確率:20% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 分類・構造 | 山城 |
| 築城主 | 松尾寺門徒 |
| 築城年 | 南北朝時代 |
| 主な城主 | 松尾寺門徒 |
| 遺構 | 曲輪、石垣 |
松尾寺城は、大阪府和泉市松尾寺町にある天台宗の寺院・松尾寺に構えられた城館である。
松尾寺は、天武天皇元年(672年)に役小角が当地で7日間修法し、霊木を得て如意輪観音を彫り、小堂を建てて安置したことに始まる。その後泰澄が中興し、熊野権現、蔵王権現、白山権現を勧請した。
平安時代に当寺に住んでいた河内国の僧尋祐にまつわる奇瑞が『日本往生極楽記』や『今昔物語集』などに記されている。鎌倉時代には源頼朝が祈祷所として保護している。
松尾寺の最盛期は南北朝時代から室町時代であり、寺領7,000石、寺坊300余名、僧兵は数千人を数えたという言い伝えが残っているが、それを裏付ける文書等は現在のところ発見されていない。また、南朝との関係が深く、延元元年(1336年)後醍醐天皇綸旨によって祈祷所となり、以後も南朝から度々祈祷を命じられていたという。南北朝統一後は足利義満他代々の室町幕府将軍も祈願所として寺領安堵を行ったとされる。
天正5年(1577年)には織田信長から禁制が出され、松尾寺の保護が約束された。しかし、天正9年(1581年)には信長による高野山攻めの際に攻撃を受け、松尾寺を含む阿弥陀山諸堂を丸ごと焼き払われた。
慶長7年(1602年)、豊臣秀頼による金堂の寄進などにより再興が行われた。
江戸時代には13の塔頭があったが、明治の廃仏毀釈によって明王院と宝瓶院以外は廃絶した。
本解説文(基本情報を除く)は、クリエイティブ・コモンズ・表示・継承ライセンス3.0のもとで公表されたウィキペディアの項目「松尾寺 (和泉市)」を素材として二次利用しています。
2026/03/08 00:38 信濃守落合信子こうちゃん
松尾寺城:🚗で登城しました😲ここ高い所に駐車場が有ります😳遺構や城郭中心部に行くなら下り坂で帰りが登り坂になります☹️トイレ、自販機、有ります😲
2026/02/01 22:37 トロ吉右近衛大将
松尾寺城:駐車場からひたすら下り歩く歩く🚶♀️距離はそんなにありません(。•̀ᴗ-)✧着いてみたらすぐ🔜そばに砂利の駐車場ありました(^◇^;)
来月度の城主争い戦況
1位 Aki関白さん 88回
2位 ダイアイ和泉守さん 62回
3位 真田侍従城好きさん 50回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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