津田城(つだじょう)

 
津田城 投稿者:東市正トミーさん
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00時間

52

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城郭基本情報

名称(よみ) 津田城(つだじょう)
通称・別名 国見山城
所在地 大阪府枚方市津田
天気情報

03/31(火) 降水確率:70%
23℃[±0]14℃[±0] 詳細

地図 マップ周辺の城NaviConYahoo!カーナビ
分類・構造 山城
築城主 津田(橘)正信?、三好氏?
築城年 延徳2年(1490)?、戦国時代?
主な城主 津田氏?、三好氏?
遺構 曲輪、土塁、堀切
津田城(つだじょう)は大阪府枚方市津田にあった城である。

遺構 

交野山から続く山稜の北端、国見山の山頂に位置する。別名、国見山城ともいう。

山頂を中心として階段状に曲輪が存在し、東・西・南の三方に土塁が巡る。北側にはほとんど防御施設が見られない。

城域は比較的大きいものの土塁や堀切などの造成は多くなく、全体として山の自然地形を利用した縄張りとなっている。

また、津田城跡現地説明板では、国見山城に加え、出城である城坂砦、後に麓に築かれた本丸山城を総称したものを津田城と呼ぶ、としている。

歴史 

延徳2年(1490)、津田正信によって築城され、その後、津田氏4代約100年の居城となったという。

しかし、『週刊日本の城』ではこの説を否定し、戦国期に三好氏・松永氏が陣城として構築した可能性が高いとしている。津田城が、大和・河内・山城の三国の国境に位置することを考えると、大和から河内への進出を狙う三好・松永勢がその拠点として取り立てたとしても違和感はない。

また、現在見られる遺構から、有力国衆が長年本拠として使用したというよりも、戦国の動乱の中で臨時的に構築された城郭という見方の方が首肯できる点が多い。

いずれにせよ津田城は、天正3年(1575)4月に織田信長の河内侵攻によって落城している。発掘調査ではその時のものと思われる焼土層が見つかっている。

交通 

・JR片町線(学研都市線)津田駅から車で約10分

参考文献 

・『日本城郭大系 第12巻』新人物往来社、1980年。
・津田城跡現地説明板。
・『週刊日本の城』デアゴスティーニ・ジャパン、2013年。


城郭口コミ


2025/06/15 12:04摂津守やまびこ
津熊砦:本日…電車主催のウォーキングに参加中。コースに入っていたので撮影しました。砦付近の写真と山田池公園内にある菖蒲園や紫陽花コーナー等での写真です。公園内は散歩コースにもなっています。

2025/04/27 08:10左京大夫吉川
津田城:標高300メートルあるので登山になりますが城址からの眺めは絶景です

城郭攻略情報


2026/01/20 11:39
よしにい
京阪·私市駅で攻略。
2025/09/06 15:32
メタぬこ
学研都市線星田駅通過後、しばらくしたら攻略できました。
2024/02/11 09:03

京阪交野線河内森駅にて攻略
2023/06/17 14:43
桜色舞うころ征夷大将軍クララ姫
京都府京田辺市高船前田地区から安定攻略だワン
2023/05/01 14:38
才谷屋播磨守吉継
JR片町線、河内磐船駅で攻略しました。

城主争い

来月度の城主争い戦況

 1位 にゃん兄弟紀伊守健太郎さん 270

 2位 とし右近衛大将ししがおさん 229

 3位 雅昌 周防守朱龍さん 199

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