小鶴城(こづるじょう)

小鶴城 投稿者:征夷大将軍ヒトリモンさん

城郭基本情報

名称(よみ) 小鶴城(こづるじょう)
所在地 宮城県仙台市宮城野区新田3
天気情報

04/05(土) 降水確率:20%
13℃[+3]4℃[-2] 詳細

地図 マップ周辺の城NaviConYahoo!カーナビ
問い合わせ 仙台市教育委員会文化財課[電話
分類・構造 平城
築城主 逸見丹波
築城年 不明
主な城主 逸見氏、佐藤三郎、柴田弘邦、吉田左近
遺構 曲輪、土塁、横堀(空堀)
再建建造物
小鶴城(こづるじょう)は、宮城県仙台市宮城野区新田にあった城。

小鶴城跡は市の東部にあり、JR仙台駅から北東約4.3㎞に位置する。七北田川によって形成された後背湿地に突き出した舌状丘陵に立地し、主郭と推定される地点の標高は約16mで、面積は約39,200㎡である。

文献には、『安永風土記御用書出』や享保13年(1728)の『仙台領古城書立之覚』などに規模や城主についての記載がみられる。現在は宅地化が進み、城館としての地形や土塁、堀跡などの地表で確認できる地表顕在遺構は一部を除いて既に失われている。

現状の地形は東から西に向かって標高は徐々に高くなり、最も高い西部が主郭と推定され、少なくとも3郭で構成されていたと考えられる。

これまで宅地造成や住宅建設に伴い、仙台市教育委員会により8回の発掘調査が行われており、これまでの調査では、丘陵斜面直下に上端幅7m、深さ1.9mの大規模な堀跡をはじめとする三重の堀跡が城館を囲むように配置されていることが判明し、遺跡東部で行われた平成23年(2011)の第6次調査では堀跡底面を堤状に掘り残した障子掘に類似した高まりが検出された。

また、平成21・22年に宅地造成に伴い、主郭と推定される丘陵西部の「伝上山」と称される地区で行われた第4次調査では、切土と盛土で行われた整地層が3面確認された。

中世の小鶴城跡に関連すると考えられる柱列跡、掘立柱建物跡、溝跡、土坑などが検出され、陶器、銭貨が出土したが、城館の中心となる建物跡などは確認されていない。整地層の状況から、小鶴城跡が立地する丘陵の西部では数時期の変遷が想定される。

参考文献 

・仙台市ウェブサイト「仙台市の遺跡」

情報提供:仙台市教育委員会



城郭口コミ


2023/10/12 11:39ʀᴇᴅ副将軍
小鶴城:屋舗公園の隅に土塁と水堀跡が残る城跡⁡オススメ度 ★⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⁡築城年代等の詳細不明。小鶴村風土記に、留守景宗の家臣であった逸見丹波守が城主であったと記載されています。柴田勝家の六男、柴田弘邦が落延びて土着した城とも伝わっています。⁡見所丘陵上に築かれていましたが宅地化により遺構は消失。北麓にある屋舗公園に城跡碑が立っています。公園の西側にあるフェンス内には、土塁に挟まれる形で一部水堀跡が残ります。

2011/10/16 22:57さくら主膳佑にゃ〜
小鶴城:城主として逸見(辺見)丹波の名が伝わっており、逸見氏は留守景宗が伊達氏より入嗣した際に家臣として随行、その後宿老となっています。また現在も一画に子孫が居住する吉田左近守が城主であったとも伝わっており、更に逸見氏が没落(江戸時代と推定される)した後は柴田勝家6男弘邦が土着し、その子孫が居住したとも伝わっています。戦国時代は留守、国分氏勢力の接点である為戦略的に重要な拠点となり、幾度か合戦が行われている様です。

城郭攻略情報


2023/10/07 07:13
たか兵部卿
攻略範囲が狭くなったのか…仙台駅から徒歩で攻めて、城から4.1キロのところでようやく攻略。
2023/07/28 22:49
あざらし肥前守
公共交通:一例JR東北本線・東北新幹線乗車中。(❜18・2攻略)
2023/07/04 11:53
大崎大宰大弐広小路
東北新幹線 仙台駅付近で攻略
2023/04/28 10:59
ここち
岩切小学校付近で攻略
2021/10/22 09:25
だぶろく
仙台市中央卸売市場にて

城主争い

来月度の城主争い戦況

 1位 治部少輔石破罪成さん 38

 2位 猫カモしれないさん 22

 3位 やっぱロッキーしゃんさん 22

 

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