| 名称(よみ) | 高須城(たかすじょう) |
| 通称・別名 | 高洲城、高須御館、(高須陣屋) |
| 所在地 | 岐阜県海津市海津町高須 |
| 天気情報 |
07/27(月) 降水確率:20% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 分類・構造 | 平城 |
| 築城主 | 氏家重国 |
| 築城年 | 延元3年〔南朝〕/暦応元年〔北朝〕(1338) |
| 主な城主 | 氏家氏、高木盛兼、徳永氏、小笠原貞信、松平義行 |
| 廃城年 |
元禄4年(1691) |
| 遺構 | 土塁、堀跡 |
| 再建建造物 | 石碑、説明板 |
2026/05/19 02:45 猫耳尾張守メイド隊
高須城跡説明板:関ヶ原の戦いにおける高須城この地は、附近の土豪だった高木盛兼が、文禄元年(1592)より一万石で領有していた。盛兼は豊臣秀吉に仕え、一説には小田原攻めの功績により高須城主に取りたてられたという。関ヶ原の戦いで西軍についた盛兼は城に籠もり戦いに備えていたが、慶長五年(1600)八月十九日、東軍の福島正則の命を受けた、松ノ木城主(海津市松木)の徳永寿昌、今尾城主(平田町今尾)の市橋長勝ら東軍勢の攻撃を受けた。『高須城主記』によると、降伏を勧める使者を受け入れた盛兼は、舟で城から逃れ去ったという。寿昌、長勝らは、決戦前の八月十六日に丸毛兼利の福束城(安八郡輪之内町)も攻略しており、東軍の勝利に貢献し...
2026/05/17 15:42 猫耳尾張守メイド隊
高須城と城下町:高須城は、大永二年(1522)に大橋源左衛門重一が築城したと伝えられている。その後、城主が幾人も変わったが、慶長五年(1600)の関ヶ原の戦い以後の城主は、次のとおりである。徳永氏 1600〜1628 五万三千余石小笠原氏 1640〜1691 二万二千余石松平氏 1700〜1869 三万石松平氏は、尾張藩二代藩主徳川光友の子松平義行を祖として明治まで続いた。尾張藩の支藩として、この辺りの一万五千石のほか信濃国伊奈郡に一万五千石を領地していた。松平氏の居館は、この地にある西大江川のほとりにあった。すべての道は、内部を見通せないようにかきの手になっていた。城下町は城の南に広がり、現在の海津明誠...
来月度の城主争い戦況
1位 ペケタン右近衛少将さん 182回
2位 せるもさん 126回
3位 e60「中務大輔」♀CA♡さん 88回
今尾城移築門(遺構・復元物)
高須城と城下町(碑・説明板)
氏家ト全と戦死者の供養塔(碑・説明板)
高須城跡説明板(碑・説明板)
駒野城(周辺城郭)
今尾城(周辺城郭)
西島城(周辺城郭)
志津三郎兼氏屋敷(周辺城郭)
臥龍山城(周辺城郭)
駒野館(周辺城郭)
長久保城(周辺城郭)
内記城(周辺城郭)
太田城(周辺城郭)
松山城(周辺城郭)
松ノ木城(周辺城郭)
秋江城(周辺城郭)
太田中島砦(中島寺)(周辺城郭)
河戸城(周辺城郭)
千代保稲荷神社(寺社・史跡)
御山の燈台(寺社・史跡)
刻紋石(寺社・史跡)
卜全塚(寺社・史跡)
城跡公園 公衆トイレ(トイレ)
海津市立歴史民俗資料館(関連施設)
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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