小丸城(こまるじょう)

小丸城 投稿者:SEI治部卿雲鷹さん

城郭基本情報

名称(よみ) 小丸城(こまるじょう)
所在地 福井県越前市五分市町
天気情報

11/25(月) 降水確率:20%
14℃[+2]4℃[-2] 詳細

地図 マップ周辺の城NaviConYahoo!カーナビ
問い合わせ 越前市観光振興課[電話
分類・構造 平城
築城主 佐々成政
築城年 天正3年(1575)
主な城主 佐々氏(織田氏家臣)
遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、虎口
指定文化財 県史跡(小丸城跡附野々宮廃寺跡)
再建建造物 石碑、説明板
五分市(ごぶいち)町の住宅地の北辺に小高い丘がある。約50メートル四方の、一部に石垣を持つ本丸跡で、その周囲が二の丸跡の平坦地となる。さらに基底約20メートル、高さ約10メートルの土塁に隅櫓が取り付き、幅20メートルの堀がこれを巡る。南方には、部分的に堀や土塁などの外郭施設も残り、関連遺構は東西300メートル、南北450メートルの広範囲に及ぶ。

付近に「小丸」や「北小丸」という字名が残り遺跡名となっているほか、「古城」「的場」「御館」「鉄砲町」などの字名からも、ある時期、かなり広範囲に城郭施設が存在したことがうかがえる。

貞享2年(1685)作成の『越前地理指南』に「五分市村(中略)北に佐々内蔵成政城跡アリ、百八拾間四方」とあって、江戸時代前期に、約1世紀前の城跡と伝承されていたことがわかる。

佐々成政は、天正3年(1575)8月の織田信長により第3次越前侵攻の後、不破光治、前田利家とともに府中周辺2郡に配置された、信長の有力家臣である。天正9年(1581)には越中へ移封されたので、伝承通りとすれば、小丸城はこの間のきわめて短期間に築城、廃絶した城ということになる。近年の瓦研究の進展により、隅櫓から出土した瓦の製作技法が、天正年間前半までにほぼ限られることがわかり、ここが佐々成政による築城であることが確実になった。

情報提供:越前市商業・観光振興課



城郭口コミ


2024/10/12 08:28大宰少弐すけきよ堂
小丸城:住宅地の小山で、石垣や空堀が残っています。

2024/04/19 22:04図書頭RedKing
小丸城:鯖江から武生を通り木ノ芽峠に向かう途中に立ち寄りました。東には池田町を経て美濃の徳山へという街道が交差する道沿いです。写真は既に公開されているものと同じで失礼。遺構というよりも廃絶後にきれいさっぱりとどちらかに石垣から瓦も何もかも再利用されたのでしょうか。周囲も農家というよりは、かつての街道沿いの宿場町の面影を残しつつ生活されています。

城郭攻略情報


2024/11/02 08:42
rigret
北陸新幹線から攻略可。
2024/09/19 20:14
内記かずりヾ(・ε・。)
リア攻めポイントは城跡碑の前辺りとなる。もう普通にリア攻めしよう。
2024/09/14 14:54
金氣大宰少弐次郎三郎
新幹線車内で攻略可能
2024/03/24 09:21
よっしっし左近衛中将
北陸新幹線越前たけふ駅停車中に攻略できました。
2024/03/17 10:02
九曜紋東市正
越前たけふ駅にて攻略。

城主争い

来月度の城主争い戦況

 1位 娘えん姫さん 142

 2位 ゆうこ山城守の方さん 107

 3位 真柄修理亮義隆さん 51

小丸城の周辺スポット情報

 小丸城跡案内看板(碑・説明板)

 鞍谷御所(周辺城郭)

 武衛山城(周辺城郭)

 大滝城(周辺城郭)

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 小丸城跡駐車場(駐車場)

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