小丸城(こまるじょう)

 
小丸城 投稿者:織田上総介晃司さん
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00時間

15分

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城郭基本情報

名称(よみ) 小丸城(こまるじょう)
所在地 福井県越前市五分市町
問い合わせ 越前市観光振興課[電話]
天気情報

09/30(水) 降水確率:10%
26℃[+5] 16℃[-2] 詳細

地図 マップ/周辺の城/NaviCon/Yahoo!カーナビ
分類・構造 平城
築城主 佐々成政
築城年 天正3年(1575)
主な城主 佐々氏(織田氏家臣)
遺構 曲輪、石垣、土塁、横堀(空堀)、虎口
指定文化財 県史跡(小丸城跡 附 野々宮廃寺跡)
再建建造物 石碑、説明板
五分市(ごぶいち)町の住宅地の北辺に小高い丘がある。約50メートル四方の、一部に石垣を持つ本丸跡で、その周囲が二の丸跡の平坦地となる。さらに基底約20メートル、高さ約10メートルの土塁に隅櫓が取り付き、幅20メートルの堀がこれを巡る。南方には、部分的に堀や土塁などの外郭施設も残り、関連遺構は東西300メートル、南北450メートルの広範囲に及ぶ。

付近に「小丸」や「北小丸」という字名が残り遺跡名となっているほか、「古城」「的場」「御館」「鉄砲町」などの字名からも、ある時期、かなり広範囲に城郭施設が存在したことがうかがえる。

貞享2年(1685)作成の『越前地理指南』に「五分市村(中略)北に佐々内蔵成政城跡アリ、百八拾間四方」とあって、江戸時代前期に、約1世紀前の城跡と伝承されていたことがわかる。

佐々成政は、天正3年(1575)8月の織田信長により第3次越前侵攻の後、不破光治、前田利家とともに府中周辺2郡に配置された、信長の有力家臣である。天正9年(1581)には越中へ移封されたので、伝承通りとすれば、小丸城はこの間のきわめて短期間に築城、廃絶した城ということになる。近年の瓦研究の進展により、隅櫓から出土した瓦の製作技法が、天正年間前半までにほぼ限られることがわかり、ここが佐々成政による築城であることが確実になった。

情報提供:越前市商業・観光振興課



城郭口コミ


2026/09/01 08:08 百済門徒衆左衛門尉とら
一向衆徒首塚:先人の口コミにあるように、天正3年の織田方前田利家勢等による越前一向一揆攻めによって、一揆衆1000人がはりつけや釜茹でにされ、そして僧侶200人の首がこちらに埋められました。その後、近年の林道拡張工事で発掘され、こちらに供養塔が建てられ収められました。

2026/05/09 13:27 がっくん
真柄十郎左衛門墓所:姉川の戦いで散った大太刀使いの豪勇、真柄直隆の墓所。 小丸城攻めの時に、案内板に近くに墓所があることが書かれているのを見付け急きょ墓参。朝倉家の家臣と勘違いしていたが、有力国衆で客将だったとは知らなかった。

城郭攻略情報


2026/04/21 14:48
cookey権大納言
武生IC
2026/03/11 17:41
タオルが欲い征夷大将軍クララ姫
福井県越前市粟田部町26−20蕎麦屋『森六』で越前おろしそばを食べながら安定攻略だワン
2025/03/10 08:36
kazu武蔵守
北陸道、武生ICにて攻略
2025/01/12 20:24
かわきち太政大臣
越前たけふ駅にて攻略
2024/11/02 08:42
rigret
北陸新幹線から攻略可。

城主争い

来月度の城主争い戦況

 1位 娘えん姫さん 208回

 2位 あんぱん守さん 193回

 3位 ちっちゃいもの兵部大輔くらぶさん 151回

小丸城の周辺スポット情報

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