| 名称(よみ) | 藤島城(ふじしまじょう) |
| 所在地 |
福井県福井市藤島町37
周辺の宿 |
| 天気情報 |
05/06(水) 降水確率:20% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 分類・構造 | 平城 |
| 築城主 | 林光明 |
| 築城年 | 南北朝時代 |
| 主な城主 | 林氏、平泉寺衆徒、斯波氏 |
| 遺構 | 曲輪、土塁 |
| 再建建造物 | 石碑、説明板 |
2026/04/17 20:30 マグロ常陸介祐平
林城:藤島城から南西に約500m程に位置しています。理由は分かりませんが、藤島城と混同されて伝承されるようで、築城者は林光明とされています。また、城主として波多野出雲守や朝倉氏の家臣土肥左馬が候補となっています。波多野氏は相模波多野庄を本貫とする武士で、越前志比庄(永平寺町付近)に地頭として所領を持ち、鎌倉時代中期の義重以降、出雲守の官途を名乗る者が多く、出雲守が誰を指すのか分かりません。波多野氏(室町幕府の評定衆・奉公衆から後に朝倉氏の家臣)は戦国時代末期まで永平寺町花谷の波多野城(登録城)を拠点としており、林城は少々離れています。朝倉氏の家臣とされる土肥左馬に関しては分かりませんでしたが、戦国期...
2026/04/16 20:54 マグロ常陸介祐平
藤島城:新田義貞が戦没するきっかけとなったお城です。平安時代末期に越前の反平家勢力として源義仲と共に戦った、林光明の築城とも伝わるようです。義仲は砺波山の戦い(俱利伽羅峠の戦い)後に平泉寺に藤島七郷を寄進したとされ、以降この地は平泉寺との繋がりが継続したようです。また、平泉寺と関連する武士に藤島右衛門尉助延(義仲方として討死)がおり、在郷の武士なのかもしれません。南北朝時代なると北朝方の越前守護斯波高経が九頭竜川・足羽川流域に足羽七城と呼ばれる城塞群を構築しますが、藤島城もそのひとつに含まれるとされています。当初北朝方であった平泉寺の衆徒の一部は南朝方に造反し、建武5年(1338年)の日野川の戦いで斯...
来月度の城主争い戦況
1位 ゆう中務少輔さん 23回
2位 七星屋但馬守黒龍さん 17回
3位 たすけ右近衛少将の散歩さん 16回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
|
| ユーザー名タップで詳細表示 | 報告 | |