| 名称(よみ) | 加地城(かじじょう) |
| 通称・別名 | 加治城 |
| 所在地 |
新潟県新発田市東宮内字大ヒラ他
周辺の宿 |
| 問い合わせ | 新発田市文化行政課文化行政係[電話] |
| 天気情報 |
08/31(月) 降水確率:30% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 分類・構造 | 山城 |
| 築城主 | 佐々木盛綱 |
| 築城年 | 鎌倉時代前期 |
| 主な城主 | 加地氏 |
| 廃城年 |
天正15年(1587) |
| 遺構 | 曲輪、土塁、堀切、土橋 |
| 再建建造物 | 説明板 |
2026/07/19 16:48 征夷大将軍阿賀北の全長
三日市陣屋:享保9年(1724年)甲府藩主柳沢吉里が大和国郡山に転封となった時に柳沢吉保5男の柳沢時睦が立藩したのが始まりで、以後明治維新まで続く。当初は加治川沿いの三日市に建てられましたが、川の氾濫を避けて館村に移転したようで、ここは正確には三日市陣屋ではなく、館村陣屋ということになりますが、名称は三日市のままでした。現在は新発田市立七葉中学校の敷地となり、当時の遺構は皆無です。道沿いの案内板と道路向かいの八幡宮の屋根に柳沢家の家紋「花菱紋」が掲げられてるのが名残りです。八幡宮の詳細は不明
2026/07/18 17:12 征夷大将軍阿賀北の全長
蔵光館:築城年等詳細は不明。現在、館跡の敷地にある香伝寺の古文書によると佐々木加地氏8代当主加地資秀の代に越後国に入部した事から、鎌倉時代後期から室町時代初期頃に築かれたと推定されています。加地氏の惣領の居城は「加地城」とされてるので、蔵光館は一族が利用したと思われますが、詳細は不明。現在は香伝寺の境内となり、一辺約100m四方の曲輪で土塁が巡っている。南の門には枡形状の土塁も確認できるが、『新潟県中世城館跡等分布調査報告書』の図面には描かれておらず、後世のものかもしれない。香伝寺は加地氏の菩提寺で加地春綱、景綱の位牌が安置されている。名門、佐々木源氏の加地氏は南北朝の動乱の際、一族同士が南朝方と北朝...
来月度の城主争い戦況
1位 蔵人頭五右衛門さん 146回
2位 のび越後守さん 122回
3位 道岩産越後守楽黒さん 109回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
|
| ユーザー名タップで詳細表示 | 報告 | |