| 名称(よみ) | 東金城(とうがねじょう) |
| 所在地 | 千葉県東金市東金字谷台方大門他 |
| 天気情報 |
04/17(金) 降水確率:20% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 問い合わせ | 東金市生涯学習課文化係[電話] |
| 分類・構造 | 平山城 |
| 築城主 | 酒井定隆 |
| 築城年 | 大永元年(1521) |
| 主な城主 | 酒井氏 |
| 廃城年 |
天正18年(1590) |
| 遺構 | 曲輪、腰曲輪、土塁、櫓台、横堀(空堀)、堀切、土橋、虎口、鍛冶遺構、小土坑 |
| 指定文化財 | 市史跡(東金城址) |
| 再建建造物 | 石碑、説明板 |
2026/03/21 16:07 ラッセル上総介【】栗太郎
久我城:鎌倉時代後期、建長元年(1249)に、北条長時が築城したと言われる。鎌倉幕府滅亡とともに廃城となった。現在は、東金商業高校になっている。
2025/12/10 17:57 ラッセル上総介【】栗太郎
東金御殿:東金城の跡地には、慶長18年(1613)徳川家康の命により、里見氏の館山から見て「鬼門」の方向にあたる場所に、鷹狩りの際の宿泊施設という名目で、里見氏に圧力をかける狙いで「東金御殿」が築かれた。家康から命を受けた佐倉城主の土井利勝が、東金代官の嶋田次兵右衛尉重次以栢を造営に当たらせました。敷地は6700坪で、現在の東金高校が、御殿の敷地に当たります。家康は、東金の地を気に入り、たびたび訪れ、本漸寺には、家康お手植えのみかんの木がある。しかし、東金では寛永7年(1630)の徳川秀忠の御成りを最後に鷹狩りは行われず、寛文11年(1671)になると、御所は取り壊されました。
来月度の城主争い戦況
1位 ソボロ伊勢守【】さん 118回
2位 なおちん上総介さん 102回
3位 赤備えさん 82回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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