| 名称(よみ) | 三田城(みたじょう) |
| 通称・別名 | 三田氏館、伝津戸三郎館、谷保の城山、谷保城 |
| 所在地 | 東京都国立市谷保6003他 |
| 問い合わせ | 国立市教育委員会生涯学習課社会教育・文化財担当[電話] |
| 天気情報 |
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| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 分類・構造 | 平城 |
| 築城主 | 津戸氏 |
| 築城年 | 室町時代 |
| 主な城主 | 三田氏、津戸氏 |
| 遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀) |
| 指定文化財 | 都旧跡(三田氏館跡) |
| 再建建造物 | 説明板 |
2026/08/21 05:47 千葉相模守早雲
三田城:三田氏館とも呼ばれていました。先人様の口コミにあるように主郭は個人宅となっていて郭内には立ち入れないので、余呉さんの縄張り図で確認すると、方形の単郭を土塁で区切った作りをしています。郭の東側には空堀が残り、堀底道が遊歩道になっています。個人宅よりも南側には土塁が見えますが、一ヶ所土塁が切れて虎口のようになっています。北部の説明板から西に向かうと、雑木林の奥に浅くなった空堀が見え、南側の崖下には城山公園が広がっています。公園から郭を見上げるとフェンス越しに切岸が見えます。私有地につき外から伺うしかありませんが、東京の市街地に残る貴重な遺構。残り続けて欲しいものです。1.2.城山公園から見た主郭。...
2026/06/23 21:08 マグロ常陸介祐平
三田城:古くからこの地に根付いた三田氏のお城で、現在も主郭には三田さんがお住いのようです。1986年に出版された古代氏族系譜集成によると大彦命の後裔の壬生吉士福正(平安時代の武蔵国男衾郡の大領)の子の継成が三田領主となり、その孫の貞盛が谷保県主を称し延喜15年(915年)栗原郷(谷保地区を指す)に住んだとされ、4代後の重貞が三田を名乗ってたとしているようです。南北朝時代の綱重は、武蔵野合戦で将軍方に付いたと注記されており、系図を信じるならば、千年以上に渡りこの地に居たことになります。付近には「三田領領主谷保県主壬生朝尊臣貞盛卿」と彫られた碑があるようですが、建立時期等は不明となっています。また、青梅で...
来月度の城主争い戦況
1位 カッキー副将軍さん 209回
2位 まいける左京亮さん 170回
3位 穀蔵院飄戸斎さん 161回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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