| 名称(よみ) | 深沢城(ふかざわじょう) |
| 通称・別名 | 兎々呂城(深沢城の出城?) |
| 所在地 | 東京都世田谷区中町2(推定地) |
| 天気情報 |
11/04(火) 降水確率:0% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 分類・構造 | 丘城 |
| 築城主 | 南条重長 |
| 築城年 | 永禄7年(1564)? |
| 主な城主 | 南条氏 |
| 遺構 | 消滅 |
2025/10/15 19:34 ラッセル安房守【】栗太郎
等々力渓谷三号横穴:等々力渓谷東岸の崖面から、古墳時代末期から奈良時代にかけて構築された横穴墓が6基以上、発見されている。なかでも昭和48年(1973)に渓谷公園を造成の際に発見された三号横穴は、典型的な横穴墓の形態を留めていて、埋葬人骨、副葬品も良好だったことから保存処置が講じられた。横穴墓は奥行きが約13mで、徳利を縦に半裁したような格好をしている。玄室と羨道から成る墓室とこれに至る墓道に分かれており、この間を凝灰岩で組まれた羨門で区画している。玄室や墓道から、須恵器の平瓶、横瓶、刀子、金銅製耳環などが出土した。
2025/10/10 21:22 マグロ常陸介祐平
深沢城:北条氏の家臣、南條右京亮重長のお城とされます。近くにある深沢神社(写真4,5枚目)は、三島神社と神明社×2の3社が大正4年に合祀されたものですが、三島神社は重長の父の重頼が三島に領地を持っていたことで、三島大社を勧請したものと伝わるようです。南條氏は、宇多源氏佐々木氏の系統で、所領役帳によると小田原衆に所属し552貫105文の所領を持ち(秦野・三島・厚木・湯河原などに分散、武蔵は記載されていない)、侍大将で旗奉行を兼ね、騎馬50騎と足軽200人を預かっていたようです。また、関宿の合戦における簗田氏の城攻め、武田氏との重須の戦い、神流川の戦いなどで戦功により氏直より感状を賜っています。小田原の役...
来月度の城主争い戦況
1位 もとよりさん 26回
2位 近江守勝太郎さん 23回
3位 志摩守としさん 19回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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