| 名称(よみ) | 網代城(あじろじょう) |
| 所在地 | 東京都あきる野市網代 |
| 天気情報 |
01/07(水) 降水確率:30% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 分類・構造 | 山城 |
| 築城主 | 不明 |
| 築城年 | 不明 |
| 主な城主 | 青木氏、貴志氏 |
| 遺構 | 曲輪、堀切、竪堀 |
| 再建建造物 | 説明板 |
2025/12/12 22:21 マグロ常陸介祐平
来住野氏館:北条氏の家臣、来住野氏の館とされます。風土記稿によると、来住野十郎兵衛は、二通の感状を受けています。一通は天正7年に下野国小山表の合戦で敵を一人討ち取り高名をたてたことで北条氏直発給のもの、もう一通は天正9年に甲斐国鶴(都留)郡譲原で粉骨走り回り敵一人を討ち取り、松田四郎右衛門(氏邦の家臣らしい)が発給したものです。感状の件は、野村高貞(青梅柚木の武士)軍忠状にも記載があり、事実と思われます。また、来住野氏は、帰農した後も無銘の刀を所持しています。風土記稿に、お城の記載はありませんが、旧蹟として詳らかなことは伝わらないが、来住野十郎兵衛の調練したとされる調馬場跡を記載しています。明確な遺構は確...
2025/12/11 21:27 マグロ常陸介祐平
阿伎留城:三内氏のお城と伝わります。風土記稿によると、阿伎留城のある三内村は、三宮四郎綱遠が開墾し、孫の中務太輔國政の時に名字をもって三宮村となり、4代孫の現左衛門昌國が名字を三内と改めたことにより疑わしき説ではあるが、三内村に改名されたとしています。また、旧家として三内氏を次のように解説しています(懐疑的なことも含め、お城のことを要約した内容の為、全文載せます)。「百姓隼人隼人此村草創の百姓にして、世々名主役を努め、三内を氏とせり。家譜を閲するに、先祖は伊予守頼信(※源頼信)より出て、其後五代の孫四郎綱遠に至り、始て三宮を氏とす、萬里小路大納言某卿に仕え、鎌倉の北条泰時と数度合戦のことありて、武蔵国阿...
来月度の城主争い戦況
1位 空城城太郎さん 29回
2位 山猫ニャロメ左近衛大将さん 28回
3位 またえもんさん 22回
平井館堀切跡(遺構・復元物)
自然岩城門礎(遺構・復元物)
横沢入からの阿伎留城登り口(碑・説明板)
別れ道説明(碑・説明板)
石山ノ池(碑・説明板)
三内神社(天竺山)案内(碑・説明板)
三内神社本社(碑・説明板)
阿伎留城(周辺城郭)
引田城(志村館)(周辺城郭)
伊奈城(周辺城郭)
唐松山城(周辺城郭)
上平井館(周辺城郭)
平井館(周辺城郭)
広德寺うら山城(周辺城郭)
今熊城(周辺城郭)
来住野氏館(周辺城郭)
三内神社(寺社・史跡)
畠山重忠・駒繋ぎ石(寺社・史跡)
禅昌寺(寺社・史跡)
八幡神社(寺社・史跡)
広徳寺(寺社・史跡)
大宮神社(寺社・史跡)
宝泉寺(寺社・史跡)
真照寺(寺社・史跡)
大悲願寺(寺社・史跡)
網代観光トイレ(トイレ)
広徳寺公衆トイレ(トイレ)
(禅昌寺)駐車場(駐車場)
横入沢里山保全地域内施設駐車場(駐車場)
今熊山駐車場(駐車場)
小峰ビジターセンター(駐車場)
横入沢里山保全地域内施設(関連施設)
登城口(その他)
登城口(その他)
重忠橋(その他)
伊奈城登城口(北郷神社参道)(その他)
古甲州道(その他)
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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