名称(よみ) | 皿尾城(さらおじょう) |
通称・別名 | 掻上城 |
所在地 | 埼玉県行田市皿尾 |
天気情報 |
04/04(金) 降水確率:10% |
地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
分類・構造 | 平城 |
築城主 | 成田氏? |
築城年 | 戦国時代 |
主な城主 | 成田氏?、木戸氏(上杉氏家臣) |
遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀)跡 |
再建建造物 | 石碑 |
2025/03/18 22:46 マグロ常陸介祐平
小見(麻績)氏館:真観寺が館跡とされています。新編武蔵風土記稿の小見村の項には、「当所は昔小見信濃守登吉の領地ということで、あとから小見村となった。登吉は成田氏の家人で、百貫と分限帳に載り、近年の人でもあり、むしろ在名をとって名字にしたかもしれない。分限帳には他にも2人小見氏が載るが、一族だろう。」としています。小見氏は佐野氏の系統の、下野国安蘇郡麻績郷(現在の佐野市小見町)を名字の地とする一族かもしれないようです。真観寺付近に、遺構らしきは見られません。お寺の背後には、国の史跡に指定されている小見真観寺古墳がありますが、切岸加工などはなされておらず、戦国期に百貫の知行地を持つ武士の居館には感じられませんでした...
2024/07/17 00:12 マグロ常陸介祐平
須加城:城主の須賀(須加)氏は成田氏の重臣で、須賀泰隆は成田氏長の姉婿にあたり、石田三成らの忍城攻めでは一族として本丸に詰めています。成田家分限帳では、御家門百貫門、上杉氏の関東幕注文にも須賀氏の名は記載されています。新編武蔵風土記稿にも、須賀氏に関しての記載は多く、永享12年(1440年)の一色伊予守による須賀土佐守の城の落城の話や、屋敷跡として「今は陸田となっている成田氏家臣須賀修理大夫居住の地で、村の名主は子孫と言われている」と書かれています。また、埼玉村の項にも須賀氏居館として「須賀修理大夫屋敷跡は、今は陸田となり字御下屋敷とよばれている」と記載されており、忍城近くにも屋敷を与えられていたこと...
来月度の城主争い戦況
1位 とらたまさん 23回
2位 よし虎さん 12回
3位 ニコ武蔵守さん 7回
攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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