| 名称(よみ) | 金窪城(かなくぼじょう) |
| 通称・別名 | 金久保城 |
| 所在地 | 埼玉県児玉郡上里町金久保1626-4他 |
| 問い合わせ | 上里町出土文化財管理センター[電話] |
| 天気情報 |
07/17(金) 降水確率:60% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 分類・構造 | 平城 |
| 築城主 | 加治家季 |
| 築城年 | 治承年間(1177〜1181) |
| 主な城主 | 加治氏、畑時能(新田氏家臣)、斎藤氏、川窪氏 |
| 廃城年 |
元禄11年(1698) |
| 遺構 | 土塁 |
| 指定文化財 | 県旧跡(伝金窪館跡) |
| 再建建造物 | 石碑、説明板 |
2026/07/06 02:54 マグロ常陸介祐平
長浜氏館:勅使河原氏館から南に約2.5km、同族の長浜氏の館です。丹党の秩父基房の子の新里恒房の子の三郎信光がこの地に居住し、長浜を名乗っています。南北朝期には一族の長浜六郎左衛門光経が新田義貞に従い、侍所として鎌倉攻略や全国各地を転戦し、建武4年(1337年)に新田義顕と共に越前金ヶ崎城で討死しています(太平記)。但し、風土記稿には、金窪城(登録城)に古くは新田義貞に従軍した長浜六郎左衛門が居城していたといわれていると書かれています(金窪村の項)。余談ですが埼玉苗字辞典では、後奈良天皇の時代(1526~1557年)に群馬県吉井出身の富田氏が長浜城主になったとしています。神流川戦記に金久保に陣を取った富...
2026/07/05 00:08 マグロ常陸介祐平
勅使河原館:源平盛衰記、平家物語、吾妻鏡などに登場する勅使河原氏の館となります。館跡に建つ大光寺の系図によると、勅使河原氏は丹党の武士で、秩父太郎丹五郎基房の子の直時が勅使河原に居住し勅使河原を名乗り、孫の弥三郎有直は源頼朝に仕え、大光寺を開基したとしているようです。南北朝期になると勅使河原丹三郎直重は南朝方として戦い、京都羅生門近くで自害しています(太平記には信濃国の住人とある)。室町幕府が成立する頃に勅使河原氏はこの地を離れたようです。また、大光寺はすぐそばで行われた天正10年(1582年)の滝川一益と北条氏直・氏邦による神流川の戦いにおいて焼け落ちています。本堂の南側には、巨大な土塁の一部が残ってい...
来月度の城主争い戦況
1位 麒麟武蔵守さん 125回
2位 甲斐守みふさん 96回
3位 ゆきなちゅ主膳佑さん 76回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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