名称(よみ) | 中野城(なかのじょう) |
通称・別名 | 中野館 |
所在地 | 群馬県邑楽郡邑楽町中野元宿3015 |
天気情報 |
04/04(金) 降水確率:20% |
地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
分類・構造 | 平城 |
築城主 | 中野景継 |
築城年 | 文永2年(1265) |
主な改修者 | 宝田和泉守 |
主な城主 | 中野氏、宝田氏 |
廃城年 |
天正18年(1590) |
遺構 | 曲輪、土塁 |
再建建造物 | 説明板 |
2025/01/29 22:55 マグロ常陸介祐平
鶉古城:鶉古城は、多々良沼に突き出た半島状の荒間崎と呼ばれる台地を利用して築かれたお城で、元弘元年(1333年)に北条高時の弟慧性と荒間朝春がこの地に逃れ築城したと伝わるようです。その後、応永年間(1394~1428年)には多々良忠致の居城となり、戦国期には館林城主赤井氏の家臣小曽根玄番允正義が城主でしたが、天正18年(1590年)館林城落城に伴い廃城になっています(写真7枚目)。小曽根氏は付近に帰農したようで、小曽根の名字は周辺に見られます。城址は、「多々良沼公園」として整備されており、駐車場に面して空堀と虎口の開口する土塁が見られます(写真2,3,5,6枚目)。また、半島の北側には水堀(写真4枚目...
2024/05/05 01:10 見城
鶉古城:本日5/5は鶉古城祭りが開催され、パンフレットによれば、鶉古城で刀剣が作られていた可能性があると、以下の通り記載がありました。刀剣は、現在の多々良沼公園内にあった「鶉古城」内の通称「天狗屋敷」で作られていたとされます。多々良沼では、これまで金糞と呼ばれる鉄滓(製鉄の不純物やかす)や、たたら製鉄の炉壁が確認されています。今のところ、刀が作られた時期よりも古い奈良・平安時代の製鉄であることがわかっています。 多々良沼周辺は、砂鉄や木炭などの原材料が付近から採取可能であるので古代に製鉄が行われていたと考えられます。このことからも、江戸時代に玉鋼の製鉄が行われたかも知れません。とあります。鶉古城祭りの...
来月度の城主争い戦況
1位 上野介ともさん 12回
2位 みわん宮内丞さん 8回
3位 ケンさん 5回
攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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