| 名称(よみ) | 鷹留城(たかとめじょう) |
| 所在地 | 群馬県高崎市下室田町字城山 |
| 天気情報 |
04/07(火) 降水確率:40% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 分類・構造 | 山城 |
| 築城主 | 長野業尚 |
| 築城年 | 明応年間(1492〜1501) |
| 主な城主 | 長野氏 |
| 遺構 | 曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀) |
| 指定文化財 | 市史跡(鷹留城跡) |
| 再建建造物 | 碑、説明板 |
2026/03/31 20:39 ᴿᴱᴰ副将軍
鷹留城:城郭遺構が完存する箕輪城の支城🏯オススメ度 ★★★★★築城年代は不詳。明応年間(1492年〜1501年)に長野業尚により築かれたと云われます。1512年に嫡男の長野憲業が箕輪城を築いて移るまで長野氏の本拠であったとされます。1557年より武田信玄は西上州に侵攻を開始するも箕輪城と高留城の強固な連携により落とすことができず撃退されます。1561年に長野業政は病没し、長野業盛が家督を承継すると、武田信玄は好機と捉えて上野侵攻を再開し本格化させます。1566年、武田信玄は箕輪城と鷹留城との連絡を分断し孤立したことにより鷹留城は落城。城主であった長野業通は吾妻に落ち延びたとされます。その後、箕輪城...
2021/06/03 15:13 真田上野介信吉
鷹留城:鷹留城は、中世永禄期(1558~69)の中規模山城の典型であり、本丸以下の曲輪、虎口、大手口、搦手口、井戸、堀切等の各種遺構が原形に近く残っている点では県内希な城跡である。明応年間(1492~1500)長野業尚築城。永禄9年(1566)9月武田信玄勢のために落城(城主業通)。長野氏4代70余年の居城である。並郭式であり、南北430㍍、東西300㍍、本丸高さ東谷より70㍍。東南の菩提寺長年寺に長野氏累代の墓がある。ー主郭設置の説明板(高崎市教育委員会)よりー群馬県高崎市(旧榛名町)にある鷹留城は箕輪城の西方約5.5キロに位置します。永正9年(1512)箕輪城に本拠を移すまでの長野氏本拠、以降落城...
来月度の城主争い戦況
1位 幸山雅楽頭ユウスケさん 59回
2位 牢屋見廻り同心マダオさん 42回
3位 ダルマ屋上野介さん 24回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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