| 名称(よみ) | 山名城(やまなじょう) |
| 通称・別名 | 寺尾下城、下城、前城 |
| 所在地 |
群馬県高崎市山名町前城
周辺の宿 |
| 天気情報 |
06/18(木) 降水確率:40% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 問い合わせ | 高崎市文化財保護課[電話] |
| 分類・構造 | 山城 |
| 天守構造 | 不明 |
| 築城主 | 尹良親王 |
| 築城年 | 応永2年(1395) |
| 主な城主 | 山名氏、木部氏 |
| 廃城年 |
不明 |
| 遺構 | 曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀)、竪堀 |
| 指定文化財 | 市史跡(山名城址) |
| 再建建造物 | 石碑、説明板 |
2026/06/06 20:40 マグロ常陸介祐平
寺尾中城:茶臼山城と同様に新田氏の初代義重が、頼朝の平氏打倒の挙兵の際に籠ったお城との説があります。新田氏本宗の拠点に近い新田荘寺尾城が有力と思われますが、近くの永福寺には義重の墓があったします。伝説の域を出ませんが、南北朝統一後の応永5年(1398年)になると後醍醐天皇の孫にあたる尹良親王が拠り、新田一族の世良田政義の支援を受けて挽回をはかるも応永19年に平井城主上杉憲定により落城し、親王は信州諏訪に逃れたとされています。現地の説明板によると、「あまり手の加えられていない郭と堀切で構成されるため、南北朝期の特徴を示す城として評価されていますが、主城北西側には、枡形状虎口が築かれるなど後世の改修と判断さ...
2026/06/05 20:38 マグロ常陸介祐平
寺尾茶臼山城:新田氏の初代で、里見氏、山名氏、徳川氏の祖となる源(新田)義重が鎌倉時代に居城したとされます。義重の墓は徳川東照宮の裏や新田金山城の麓の大光院が知られていますが、このお城の北に建つ永福寺にも存在します。南北朝時代になると新田義貞の弟の脇屋義助が城主になったとされます。また、室町時代の正長年中に和田小太郎が築城したともされ、戦国時代になると甲陽軍鑑に武田氏がこのお城と山名城の間に根小屋城を築いたと記されています。先人様の口コミ通り、駐車場もありお城は地元の方により整備され、大変見やすくなっています。駐車場の脇から登ると(写真1枚目)、すぐに削平のあまい南郭に到達、大堀切(写真2枚目)に仕切られて...
来月度の城主争い戦況
1位 斬魄刀右衛門督【卍解】さん 106回
2位 mamimamiさん 101回
3位 poonyさん 88回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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