| 名称(よみ) | 一郷山城(いちごうさんじょう) |
| 所在地 |
群馬県高崎市吉井町多比良塩坂4457
周辺の宿 |
| 天気情報 |
04/17(金) 降水確率:30% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 問い合わせ | 高崎市観光課[電話] |
| 分類・構造 | 連郭式山城 |
| 天守構造 | 独立式望楼型[3重3階/1983年築/RC造模擬] |
| 築城主 | 上杉憲実 |
| 築城年 | 室町時代 |
| 主な城主 | 安部之友 |
| 遺構 | 曲輪、石積、横堀(空堀) |
| 再建建造物 | 模擬天守(牛伏山展望台)、説明板 |
2026/03/14 20:54 マグロ常陸介祐平
多胡館:木曾義仲関連のお城です。多胡館は義仲の父義賢の館で、永治・康治年間(1141~1144年)頃にこの地に下り、久寿2年(1155年)に武蔵国の大倉館に移るまで居住したとされています。治承8年(1180年)義仲は挙兵すると父の旧領である多胡の地に向かっています。平成11年の発掘調査では、堀の下層部分から天仁元年(1108年)の浅間山噴火の軽石層が確認され、噴火以前にこの館が存在したことが確かめられているので、義賢は既成の館に居住したのかもしれません。館はその後多胡氏の居館となっており、上杉謙信の関東幕注文にも惣社衆としてその名が見られることから戦国期まで存続しています。家紋は小串氏と同じ二引両紋を...
2026/03/13 20:48 マグロ常陸介祐平
吉井藩陣屋:五摂家鷹司氏の庶流で、紀州徳川家の縁戚である鷹司松平氏の陣屋です。当初は矢田に陣屋を置き矢田藩を称していましたが、宝暦2年(1752年)に現在地に移転しています。一説によると、矢田から吉井に移ったあとも矢田陣屋と称し、吉井陣屋と改めたのは幕末の元治元年(1864年)とされているようです。吉井藩(1万石)は江戸定府の大名の為、幕末の資料では家臣104人のうち吉井詰は僅か16人だったようです。吉井には鷹司松平氏以前にも家康の関東入国時の天正18年に菅沼定利が2万石、天和2年に大番頭の堀田正休が1万石で入っていますが、何処に陣屋があったのかは不明のようです。堀田氏に関しては大番頭や奏者番を歴任してい...
来月度の城主争い戦況
1位 つぶあんさん 64回
2位 亜瑠斗上野介23Sさん 41回
3位 猫夜叉加賀守さん 21回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
|
| ユーザー名タップで詳細表示 | 報告 | |