| 名称(よみ) | 奥平城(おくだいらじょう) |
| 所在地 |
群馬県高崎市吉井町下奥平
周辺の宿 |
| 天気情報 |
03/23(月) 降水確率:40% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 問い合わせ | 高崎市文化財保護課[電話] |
| 分類・構造 | 丘城 |
| 築城主 | 奥平氏 |
| 築城年 | 応永年間(1394〜1428) |
| 主な城主 | 奥平氏 |
| 遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀)、屋敷跡 |
| 指定文化財 | 市史跡(奥平城跡) |
| 再建建造物 | 碑、説明板 |
2026/03/16 20:36 マグロ常陸介祐平
神保植松城:鎌倉時代からこの地に存在した神保氏のお城です。古くからの居館と思われる神保館から東に約800m、15世紀に築かれたと推測されています。神保氏の記録が武田氏の滅亡と共に見られなくなることから、16世紀後半に廃城になったとされます。上信越自動車道の開通により、お城の大半が消滅しましたが、城域全体の詳細な発掘調査により、遺構の全容が記録されています。お城は台地の縁に築かれ、南北約200m、東西最大幅約125mの規模で、南の崖端には外郭も存在したようです。縄張りは崖沿いにふたつに別れた主郭を中心に郭が囲むもので、土橋や堀に石積みも確認されています。また、建物や遺物も多く検出され、縄文時代からの複合遺跡...
2026/03/15 20:44 マグロ常陸介祐平
神保館:辛科神社付近が館となります。館の主である神保氏は、吾妻鏡の宇治川の合戦の中に神保与三の名が見られ、神保の地名は辛科神社の所領だったことに由来していることから、古くからこの地に住み着いた一族のようです。室町時代にも足利義詮御教書案に佐々木道誉に抵抗する武士として神保太郎左衛門尉の名が見られ、上杉謙信の関東幕注文には白井衆として神保兵庫助、武田信玄の生島足島神社の起請文には長根衆として神保小次郎昌光の名が記されています。武田氏滅亡後の動向は不明のようですが、神保氏は辛科神社の神職として、その後もこの地に居住しています。神保氏は、戦国期になると台地上に神保植松城を築いています。また、鎌倉時代から畠山...
来月度の城主争い戦況
1位 猫夜叉阿波守さん 133回
2位 tomy上野介さん 116回
3位 高堀中納言尚政さん 59回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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