名称(よみ) | 小高城(おだかじょう) |
所在地 | 茨城県行方市小高御城 |
天気情報 |
07/06(日) 降水確率:40% |
地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
分類・構造 | 平山城 |
築城主 | 小高為幹 |
築城年 | 建久3年(1192) |
主な城主 | 小高氏、北義憲、大山義則 |
遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀) |
再建建造物 | 説明板 |
2025/06/13 00:01 マグロ常陸介祐平
古屋城:小高城から北西に600m、行方城から南に約1km、曹源寺(写真1,2枚目)の東に隣接します。お城の来歴や城主などは伝わらないようですが、曹源寺が下河辺氏の創建であることから下河辺氏のお城とする説や行方氏、小高氏の城とする説もあるようです。曹源寺自体は、当初の下河辺氏のお城があった船子に創建され、永禄元年(1558年)に下河辺氏の居城である行方城(八甲城)の二の丸(曲輪Ⅱ)の外に移り、佐竹氏が常陸を去り、行方城が廃城になった後の慶長13年(1608年)に現地に移転しています。墓域には中世のものと思われる下河辺義親の供養塔(写真3枚目)がありますが、お寺と共に移転したのでしょうか。お城は単郭です。...
2025/06/11 22:43 マグロ常陸介祐平
行方城:平安時代末期に、吉田大掾清幹の子の忠幹が郡司としてこの地に居住し、行方氏を名乗ったのが始まりとされます。その子の景幹は源平合戦で屋島にて戦死し、論功としてその子らは行方、嶋崎、麻生、玉造を分知され、それぞれ領主となっています(東京都大田区の行方氏も一族かもしれません)。行方氏はその後、小高城を築いて移り小高氏を名乗って、行方城は一旦廃城になります。室町期になると、永享の乱に敗れ、関宿城から船子城に移った下河辺義親が行方城を改修し、八甲城と改名して代々居城するも、天正18年の小田原出陣を拒否して佐竹氏に攻められ下河辺氏は滅亡、佐竹氏の重臣荒尾尾張守の居城となるも、慶長7年の秋田移封により廃城とな...
来月度の城主争い戦況
1位 くりたさん 14回
2位 しのぶさん 8回
3位 長富安房守有真朗さん 8回
攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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