| 名称(よみ) | 舟戸城(ふなとじょう) |
| 所在地 | 栃木県芳賀郡芳賀町西水沼 |
| 天気情報 |
10/15(木) 降水確率:30% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 分類・構造 | 平山城 |
| 築城主 | 水沼勝侶?、水沼五郎? |
| 築城年 | 応永年間(1394〜1428)?、天文年間(1532〜1555)? |
| 主な城主 | 水沼氏、風見氏(宇都宮氏家臣) |
| 遺構 | 曲輪、土塁、堀切、横堀(空堀) |
2026/10/02 20:52 マグロ常陸介祐平
祖母井陣屋:芳賀東小学校が、該当地となります。陣屋は、大田原藩が芳賀郡内の飛び地約4300石を管理するために慶長7年(1602年)に設置したとも、元禄2年(1689年)に稲毛田(稲毛田城跡?)から祖母井に移転したともされているようです。陣屋には、牢屋や仕置場も付属していたようです。廃藩後の明治時代初期には陣屋の跡地に私塾「好徳館」が開校し、芳賀東小学校(旧祖母井小学校)の前身となっています。小学校の敷地となっており、遺構は残っていないようです。小さな説明板と、私塾時代に植えられたとされる樹齢約150年の「好徳の松」を遠目に見られます。
2026/10/01 23:23 マグロ常陸介祐平
水沼城:天文年間に頼母玄蕃頭が築城し、その後宇都宮氏の家臣水沼五郎が居城するも、宇都宮氏により滅ぼされたとされています。頼母は東百官、玄蕃頭も官途で不自然な名乗りに感じられます。また、水沼五郎は天文年間にお隣の舟戸城を築いたとされており、舟戸城に後から入った風見氏と入れ替わりに水沼城に移ったということでしょうか。また、水沼氏は鎌倉時代初期には水沼延秀がいたとされ、応永31年に亡くなったとされる水沼勝侶が、一説に舟戸城主ともされることから、古くから水沼を本拠として名字とした水沼氏があり、防衛的に優れた舟戸城を後に築いたと考えても良さそうに思えます。頼母も玄蕃頭も水沼氏かもしれません(素人の勝手な想像です...
来月度の城主争い戦況
1位 モモタロウさん 90回
2位 ひよさん 77回
3位 ろっぴーさん 43回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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