| 名称(よみ) | 村上城(むらかみじょう) |
| 所在地 | 栃木県芳賀郡市貝町塙 |
| 問い合わせ | 市貝町役場生涯学習課生涯学習係文化担当[電話] |
| 天気情報 |
10/14(水) 降水確率:50% |
| 地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
| 分類・構造 | 山城 |
| 築城主 | 村上良藤 |
| 築城年 | 天授4年〔南朝〕/永和4年〔北朝〕(1378) |
| 主な城主 | 村上氏 |
| 遺構 | 曲輪、土塁 |
| 指定文化財 | 県史跡(村上城跡) |
| 再建建造物 | 石碑、説明板 |
2026/09/28 05:43 千葉相模守早雲
村上城:築城時期は平安時代末期で、その後永和4年(1378年)に益子氏一族の村上新助良藤によって整備されたとのこと。三角形の本丸を東側は三重の堀で囲んでいます。シンプルながらも、堀の所々に折れを設けて横矢掛かりとする技巧が見られます。1.説明板。2.城址碑。3.大手口の登城路は堀底道にもなっている。4.本丸。5.折れる堀と虎口の様にも見える本丸土塁の切れ目。6.本丸。周囲に土塁が残っている。7.本丸直下の堀底道。8.一番外側の堀底道。
2026/04/05 23:10 マグロ常陸介祐平
村上城:古文書(村上城落城記?)によると文治3年(1187)に平宗清の守る村上城が落ちたとされることから、平安時代末期の築城とされ、永和4年(1378年)に益子越後守正宗の次男、村上新助藤良により現在のかたちになったようです。その後、村上丹波守則光、丹波守光義と三代50年にわたり居城したとされます。平宗清といえば、伊勢平氏の庶流で頼盛の家人、平治の乱で落ち延びた源頼朝を美濃で捕縛し、頼盛の母の池禅尼を通して頼朝の助命を嘆願したことで知られています。平家の都落ちでは、命の恩人として頼朝より引き出物を用意し鎌倉に誘われるも断り、屋島の宗盛の元に向かっています。宗清のその後の動向は不明ですが、どうして下野に...
来月度の城主争い戦況
1位 闇瀧刑部卿東洋一さん 25回
2位 ≪愛≫重虎さん 19回
3位 やまGAS対馬守青春謳歌さん 6回
| 攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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