名称(よみ) | 真岡城(もおかじょう) |
通称・別名 | 芳賀城、舞か丘城、(真岡陣屋) |
所在地 | 栃木県真岡市台町字城内(真岡小学校) |
天気情報 |
11/22(金) 降水確率:20% |
地図 | マップ/周辺の城/NaviCon |
問い合わせ | 真岡市教育委員会文化財係[電話] |
分類・構造 | 平城 |
築城主 | 芳賀高貞 |
築城年 | 貞治元年(1362) |
主な城主 | 芳賀氏 |
遺構 | 曲輪、土塁、横堀(空堀) |
再建建造物 | 石碑、説明板 |
2024/10/06 00:25 マグロ常陸介祐平
東郷陣屋:二宮尊徳関連の史跡です。東郷陣屋は寛政11年(1799年)幕府により建設され、翌年代官の岸本武太夫が着任して改革を実施しています。嘉永元年(1848年)になると東郷支配の山内総左衛門が真岡支配を兼務することになり、二宮尊徳が役人として陣屋に入り用水整備などに尽力しています。相馬藩士に嫁いでいた娘の文子は、親元で出産のためこの地を訪れますが、残念ながら母子ともに亡くなっています。慶応4年(1868年)に真岡陣屋同様にこの陣屋も焼き討ちにあい、陣屋は廃されています。陣屋跡は石碑と説明板のみで、遺構は見られません。尊徳だけでなく、岸本武太夫や山内総左衛門も優秀な官吏だったようで、岸本武太夫を祀る岸本...
2024/08/21 23:42 マグロ常陸介祐平
京泉館:天武天皇の子孫の清原高重(芳賀氏の先祖)が寛和元年(985年)に花山天皇の勅勘を蒙り、下野に流され築いた館と伝わります。文治五年(1189年)に芳賀高親が御前城に移るまでの芳賀氏の本拠とされています。半径500m圏内に郡衙(堂法田遺跡)、鶏塚古墳、大内廃寺などがあり、古くから栄えていた事がわかります。明確な遺構は見当たらず、Googleマップに位置登録されたお宅の庭の薄い土盛りと田んぼの段差がそれらしく感じる程度です。すぐそばに、庭園風の「京の泉公園」がありますが、近年造られたものです。昭和初期まで二重の堀が残っていたとされることから、平安時代の館と言うよりは、それ以降まで使用されていたとする...
来月度の城主争い戦況
1位 あきたそ中務少輔さん 103回
2位 DJタキ右衛門督さん 77回
3位 キチ右近衛中将さん 22回
攻略数:城 家臣団:人 |
異名:個 官位:個 |
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