須田氏居館

須田氏居館([福島正則館  周辺城郭])

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須田氏居館の口コミ情報

2021年05月16日 内記かずりヾ(・ε・。)


たまには山城でなく居館なんかをほっこり口コミ〜

須田氏居館は福島正則館の南西約1.2km、標高982mの明覚山の北西麓、標高約430mの緩斜面上平場に位置する蓮生寺敷地内に存した居館です。明覚山山塊には詰城とされる大岩城、その支城とされる雨引城、月生城が存します。

須田氏は清和源氏頼季流井上氏の庶流で須田郷を本貫地として国人領主として発展していきました。城めぐ的には井上城の井上氏は本家筋、高梨氏城館の高梨氏は同族となりますね。戦国時代には須田氏は須田郷に乱入した井上氏を撃退する等、その支配領域を確実に伸張させていきますが、武田氏の北信濃侵攻により惣領須田氏と大岩須田氏に分かれ、惣領須田氏は武田氏に、大岩須田氏は村上氏、次いで上杉氏に随身しました。

城めぐでは頼季流一族の中でも登録城が無い事で不遇ですし、こうして説明するとあんまし面白くない…大岩須田氏は須田満親、その子の長義を輩出したと書けば興味が湧くかな。満親は越後に逃れた後に上杉氏の被官として活躍します。その事跡は戦のみならず外交にまで見る事が出来る他、景勝時代には直江兼続に次ぐ大身、海津城主、知行約一万二千石となりました。後を継いだ次男長義は上杉氏の会津移封後に梁川城主、知行2万石、慶長出羽合戦では本庄繁長と福島口の守りを担いました。又、大坂冬の陣では後藤又兵衛基次と激戦を繰り広げましたが、その際の戦傷が元で亡くなっています。

つまりは父子共々優れた人物であった事は疑い無く、マイナーではありますが川中島四郡が産んだスターと言えるでしょう。同じ様に上杉氏の被官となっていった山浦氏(村上氏)、井上氏、高梨氏、島津氏と比べてもその活躍ぶりは抜きん出ていると思います。

須田満親は上杉氏の会津移封には従わず海津城にて自害したとされています。経緯は不明(嫡男満胤の伏見城舟入普請の不手際の責を取ったんでしょか。)ですが、なんとなく武士の意地の様なものを感じてしまいます。そんな満親を育んだ須坂市に来る事がありましたら皆様も是非訪ねてみて下さいまし。

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