鳥羽館

鳥羽館([平瀬城  周辺城郭])

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鳥羽館の口コミ情報

2022年08月16日 内記かずりヾ(・ε・。)


たまには山城でなく居館なんかをほっこり口コミ〜

鳥羽館は平瀬城の西南約3.4km、標高約576mの平野部平場に存した居館です。

行き方はGoogleマップに位置登録されているのでダイレクト設定して下さい。車はそこら辺に捨ててもOK♪レベルだと思います。時間も取らないしね。

築かれた年代は不明、お住まいになられていたのは仁科氏の一族、丸山将監と推測されています。宝暦十年(西暦1760年)、小見(麻績)奥右衛門尉に宛てた正麟寺の聞伝書には、丸山将監は日岐丸山城城主で、天文十九年(西暦1550年)、桔梗ヶ原の戦い(結構有名な戦いではあるけど記述があるのは甲陽軍鑑のみ…往時の状況から合戦には至らず武田勢による一方的な軍事行動に終始したとする説が有力になっている。)において手傷を負い一族の真々部尾張守真光(時代的に合わない…父である尾張守盛幸の事跡か。)に介抱されたが落命したとあるそうです。居館の主はこの将監の子と推測される丸山肥後守(将監)で、武田氏時代には仁科氏の被官衆の一人となり、信長横死後は小笠原貞慶に従って一時期は安曇郡大町の千見城の城番の一人として出張していた事もあったようです。

居館は平成四年に発掘調査が行われており、その結果、堀は薬研堀り。多くの陶器片、内耳鍋、屋敷の柱穴が検出されたそう。

居館の現況は耕作地、耕作放棄地、空地、一般住宅とその敷地等となっています。見るべきものは何も無いかなと思ってたら、居館の敷地の北西隅にはL字形に堀形と土塁が残っていました。堀形には水が貯まっていましたが、往時も水堀だったのかは知らんがな…土塁は藪でもっさりしているけどかなりの高さを留めていると思われます。ちなみに居館の敷地は長野県道316号線、梓橋田沢停車場線によって東西にばっさり分断されてます。

井川城のリア攻めマップにある神戸の館も丸山将監の居館であったと伝わりますが、こちらの方は親父さんがお住まいになられていたそうです。丸山氏は仁科氏の一族でありながら小笠原氏には重用されていたようですね。

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